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「気持ち良いねー。」
私はその声に聞き覚えがあった。多分、私が三鷹さんの訃報について問い合わせをした総務部の女性だ。あんなに若い子だったのかと、私は意外に思った。総務部という場所は皆一様に事務的で無機的な人間に変えてしまうらしい。
「本当に気持ち良い。でも、こんな日は蒸発日和で、総務部は忙しいんじゃない?」
別のOLが総務部の女性に言った。
「そうね、もしかしたら、また蒸発する社員が出るかも。」
彼女は言った。
私は困惑する。蒸発日和とは何事なのか。皆、"蒸発日和"という言葉を自然に受け入れているようだ。確かに、雨の降った後のよく晴れた日は物理的には蒸発が起こりやすいと思うけれど、それは雨水の話であって、決して人は蒸発なんかしない。蒸発日和なんて、天気予報でもそんな予報は出てこないだろう。
私はそんな常識的見解を独り捲し立てながら、しかし心の内では人間が春の暖かな光で蒸発していく姿を想像した。そうやって、蒸発するかのように跡形もなくこの世から消えることが出来たらどんなに良いだろうか。私なんて元から存在しなかったかのように、誰にも迷惑をかけずに消えるのだ。それは私の憂鬱を永遠に解消するだろう。
私はますます三鷹さんの葬儀に出席する意思を固めた。蒸発というものが一体何なのか、私はどうしても知りたいと思った。そしてもし、それが私の想像するところと一致するならば、私自身も蒸発を試みることになるだろう。私は今にも消えて無くなってしまいたい衝動に駆られるのであった。
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