第四章 社会人時代

2/26

444人が本棚に入れています
本棚に追加
/162ページ
「……ん」 不意に目が覚めて壁に掛けられている時計を見てギョッとした。 「ちょ……朔、起きて!」 「……んん」 「電車、終電出ちゃうよ」 私が執拗に体を揺らして隣で寝ていた朔がようやくのっそり起き上がった。 「ふぁ……。今から帰るの……面倒」 「そんなの私も一緒よ。でもちゃんと帰らないと」 「……」 手早く服を着替えて身支度する。朔もモソモソと脱ぎ散らかしていた服を身に着けていた。 そうして私たちは慌ててラブホテルを出て駅に向かってダッシュした。 「はぁ……間に合ったぁ」 「あー……しんどい」 なんとか終電に乗り込みホッと息を吐いた。 私と朔は社会人になっていた。 私は音楽雑誌を扱う出版社に、朔は父親の会社に新入社員として其々就職して三ヶ月が過ぎようとしていた。 共に実家暮らしだったので会社帰りに待ち合わせて逢う時は大抵ラブホテルに寄ってしまうのだった。 「はぁ…。疲れると直ぐに寝ちゃうね」 「あぁ……。もう泊って行きたいくらいにな」 「そんなこといっても朔、家に帰りたいでしょう?」 「……」 「一日一度は月子ちゃんの顔を見ないと我慢出来ないっていっているじゃない」 「なんか……紅実と月子を天秤に掛けているみたいで嫌だな」 「あら、私は全然気にしていないわよ? 私だって月子ちゃん、可愛いし大好きだから」 「……そっか」 朔は高校2年の時にお兄ちゃんになった。 再婚したお母さんに赤ちゃんが出来て、実に17歳差の妹が誕生したのだ。 月子(つきこ)と名付けられた妹は朔にとっても目に入れても痛くない可愛い存在となった。 (あの頃はほんの少しだけ月子ちゃんに嫉妬したこともあったけれど……) でも朔が意外と子ども好きだったという面を発見出来たのは純粋に嬉しかった。
/162ページ

最初のコメントを投稿しよう!

444人が本棚に入れています
本棚に追加