暮れの桜

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 娘の誕生日パーティは、娘が二人の友達と帰宅してすぐ、正午頃に始まった。  会場であるリビングは妻によって慎ましく飾られており、中央のテーブルには料理と取り皿が並べられていた。料理は私が買ってきた肉やサラダを大皿に盛ったものである。デザートとして小さなチョコレートケーキを一人にひとつずつ用意していた。  大きなホールケーキも買っていたが、そちらは娘の希望で夜に食べることになっていた。  ホールケーキは家族と食べることの他、友人とのパーティと家族でのパーティを分けること、蝋燭は夜にしか立てないこと、家族の誰かの誕生日にはリビングに飾り付けをすることなど、娘には多くの拘りがある。  娘が外に出ていた時に付けていたピンクの腕時計もそのひとつ。  何でもない日に買い与えたはずの物であり、私も妻もその日がいつだったか全く覚えていない。覚えてはいないが、そのこどもっぽいデザインから、かなり幼い頃に与えたのだろうと推測できる。  しかし、娘は汚れや傷が増えてもこれを使い続けていた。特別大事にしているという様子も新しい物を欲しがることもないが、娘の性格を考えると、これが壊れて使えなくなってしまうまでは次を必要とはしないだろう。  「使える物は最後まで使う」。これが娘の拘りのひとつらしい。私達はそう思っていた。  私達が用意した娘へのプレゼントは新しい腕時計である。  前述の娘の拘りを考慮すればこの選択肢は有り得ない。だが、この話を聞いた娘の友人たちは私達夫婦が捨てた選択を敢えて拾い、流行だと言うサプライズに組み込んだ。  料理を食べ終え、楽しそうにテレビゲームをしている娘とその友達にチョコレートケーキを出す。続けてお菓子も出しておいた。  場を変え遊びを変え、気付けば夕方。娘の友人たちがそわそわし始める。そして、その時が来た。
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