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プロローグ
その直前まで、玲の視界はかなりの部分を黒が占めていたが、何か叫び声がしたと思った瞬間、その黒が薄墨に変わった。もっと正確に言えば、白に近い灰色の物が黒衣の上に降りかかり、斑模様に変容していた。
「何よ、涙一つ流さないなんて、この薄情女!! まともに看病もしないで、あの子が可哀想だわ! 真吾じゃなくて、あんたが死ねば良かったのに! この疫病神が!!」
「朋子、何をする!?」
「お母さん、止めて! 玲さん! 危ない!」
「きゃあっ! 玲!? なんてことなの!?」
「玲、大丈夫!?」
「目に入っていない!?」
「……え?」
自分の周囲や少し離れた場所から、母親や友人達の悲鳴や心配する声が上がったが、まだ玲は自分の身に何が起こったのかを理解できていなかった。それを正確に理解できたのは、自分の母親が亡き夫の母親に猛然と食って掛かったのを目にした後だった。
「ちょっと! うちの娘に何するのよ!! じゃあ玲が看病していたら、あんたの息子は死ななかったとでも言うつもり!? 大体ね、本当は結婚前に病気の事が分かっていたのに、玲に黙って騙して結婚したんじゃないの!?」
「弘美、言いがかりも大概にしろ! それに、こんな所で言うことではないだろうが!?」
「だって結婚早々に夫に死なれて、こんな若さで未亡人なんてあんまりだわ! 玲は被害者なのに、どうしてこんな扱いをされないといけないのよ!? 親子でぐるになって、よくも玲を騙したわね!? 玲の人生を無茶苦茶にしたくせに、あまつさえ葬儀の場で灰まみれにするなんて、何様のつもりよ! 疫病神はあんたの方じゃない!!」
「なんですって!?」
「朋子! お前が悪い! 今すぐ玲さんと先方に謝れ!」
「弘美、ここをどこだと思っている!! 場を弁えろ!」
「…………」
告別式が始まってからも呆然自失状態で喪主席に座っていた玲は、姑である朋子に香炉に入っていた灰を頭からぶちまけられても、固まったまま座り続けていた。そして自分の母である弘美が朋子を罵倒しながら掴みかかり、双方の父親に引き剥がされて告別式の会場が騒然となる中、これまで全く出ていなかった涙が、一筋零れ落ちる。
(ああ……、本当に死んじゃったのね……)
大学を卒業後、一年経たずに結婚して三年近く過ぎた今。発病してから一年半で夫の真吾が呆気なく儚くなったことを、玲はこの時、漸く実感した。
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