1話 墓参

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1話 墓参

 駐車場には一台も車は駐車していなかった。曇天(どんてん)の平日の昼にお墓参りをするのは私だけかと思うと少し淋しい気持ちにさせられた。去年のお墓参りの時は快晴の日曜日だったので、駐車場には十台以上の車が駐車されていて、小さい子供が意味も分からずにハシャギ声を上げていた事を思い出した。  私は階段に一番近い駐車スペースに車を駐車した。今年購入したばかりの新車ラパンはオシャレでカワイイと若い女の子に人気の車だ。ホントは好きなピンク色にしたかったのだが、キャラでないとバカにされるのが(しゃく)だったのと、捜査で尾行に使用する時に目立って尾行対象者にバレるのを懸念して、無難な黒色に泣く泣くしたのだった。  車を降りて、花束とお線香とお弁当、それに年代物のラジオカセットデッキを持って、お年寄りに優しくない急な階段を上って行く。途中の水場で備え付けの木桶に水を溜めて、更に階段をゆっくりした足取りで上って行く。普段鍛えている私でも、これだけの手荷物を持って階段を上がるとさすがに息が切れてくる。  階段を上りきると目の前に相模湾の眺望(ちょうぼう)が広がった。この景色が望めるので、急階段を上ったテッペンにお母さんのお墓を建てたのだ。泳ぎが苦手だったが海が大好きだったお母さんの為に、生前出来なかったせめてもの親孝行のつもりだった。もっとも購入資金は当時高校生だった私には用意出来なかったので、お母さんが加入していてくれた生命保険で(まかな)った。私はこの場所を探しただけなので、胸を張って親孝行をしたと言えないのが心苦しくもあった。  テッペンには海に向かって数十基の墓石が並んでいる。その一番奥まったところにあるのがお母さんのお墓だ。墓石の正面に苗字の【諸星】の文字。側面にお母さんの【諸星朋子】という名前と生年月日と命日が刻まれている。我が家は無宗教なので戒名の(たぐい)はない。 「久し振り」  私は一年振りの挨拶を声を出して投げかけた。当然の事ながら墓石の下で眠っているお母さんからの返事はなかった。  それから私は、気合を入れて墓石に付いた一年分の汚れを落としにかかった。そして掃除が終わると、お花を供え、お線香に火を灯し、手を合わせて、この一年で私に起こった出来事を報告した。  報告が終わると、墓石の前の石段に腰かけてお弁当を広げた。シャケとオカカとタラコの具が入ったおにぎりが一つずつと、おかずに出汁巻き卵とトリの唐揚げを手作りしてきた。墓前にお母さんの好きだったシャケのおにぎりとおかずを供えた。おにぎり屋さんを(いとな)んでいたお母さんのおにぎりには遠く及ばないが、一人娘が心を込めて作ってきたのだから大目に見て欲しい。  お弁当を食べ終わると毎年恒例の儀式の始まりだ。近くに人がいないのを確認して、ラジカセにカセットテープをセットした。  このラジカセはお母さんが十三歳の誕生日に両親にプレゼントして貰ったものらしい。なぜかこのラジカセにはカセットテープを入れる場所が二ヵ所あった。お母さんの説明では、ダブルカセットデッキといってダビングが簡単に出来るようになった画期的な発明品で、当時大流行したそうだ。しかし平成生まれの私にはサッパリ理解出来ない品物だった。当時はバカにしていた品物だったが、今ではお母さんが私に残してくれた大切な形見だ。  このテープを聴くのは今日で十四回目だ。お母さんが亡くなった後にこのテープを発見して、その直後に五回聴いた。その後は毎年のお墓参りの時にこの場所で聴いているのだ。  【再生】と書かれた大きなボタンを押すと、ガシャンと大袈裟(おおげさ)な音がしてテープが回り始める。最初の十数秒は服の擦れる音や小さな溜息しか聴こえてこない。そして咳払いが二度聴こえると、その直後に『あー……、あー』と二つ声が発せられ、話が始まるのだ。
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