記憶の彼。

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透子の記憶の彼は、遠い地にいた。 日本ではない異国の地。 都会の雑踏の中に建つ大きなビルのひとつ…その中にあるオフィスらしき所にその姿があった。 黒い足首辺りまでの長いコートを着て、黒いスーツで、背は高く、細い所は子供の頃から変わらない様だった。 『何で今日、収集掛かったんだ?親父さんは休みじゃないのか?』 柔らかい天パーだろう髪をクシャクシャと掻きながら、後ろを歩く男性に話しかけた。 『休みじゃないですよ。娘さんのドレス選びだそうです。』 黒髪短髪、白い肌に小さめの背、とはいえ、170はあるだろう。 前を歩く彼の背が高すぎるのだ。186センチ後ろの彼はそれも気に入らない。 ひとつの扉の前で停止するとノックして中に入った。 『遅れました。何かありましたか?』 大きな机が窓の前に置かれて、初老の男性がそこに座っていた。 『日本の手を組んでるとこから連絡があったんだ。 少し手を借りたいとな。これだ…。』 机の上に無造作に封筒を投げた。 中身が飛び出して、書類と何枚かの写真が出て来た。 『日本人だ。女子高生一人、引き受けて欲しいと。死体か、生きているかはまだ不明だが…生きていた方が儲けにはなりそうだな。』 机の横に行き、無造作に出された封筒の中身を見た。 『手を組むって、情報交換だけですよね?日本の女子高生が何したって言うんですか? 精々、援交、痴漢騒ぎ、受け子?ドラック…にしたって、死体で送るってよっぽどでしょ?』 いつもの軽口に、彼の部下はハラハラする。 親父…は、そういうとこが気に入っている様だ。 『知らんよ。どっちで来るかはまだ不明だ。生きて来たら頼みたい。 同じ日本人だろ?言葉が通じた方が話が早い。』 『構いませんけどね…。何をしでかしたのやら…とおこ…かんざき?』 慌てて写真を手にした。 「神崎透子………。透子…。」 写真に目が釘付けになった。 「兄貴?どうかしましたか?」 彼の部下は日本語に日本語で返した。 「いや、すぐ…日本に行く、確認したい。」 『引き受けました。では、失礼します。』 『ああ、そこの者が、追ってるらしい。処理出来るようなら手を貸さなくていい。 面倒事はごめんだ。うちはクリーンな総合商社だからな。』 背中越しにその声を聞き、彼は急いで日本に向かった。 帰るのは、何年振りかと思いながら…。
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