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鶏が先である。
彼は自信に満ち満ちた表情で目を見開く。生気のない彼の目に光が宿る貴重な瞬間。
見逃す訳もなく、聞き逃す訳もない。
「君は産まれてきた時にどんな格好で産まれてきた?
きっと逸物をぶら下げながら赤の他人に囲まれ情けなく泣いていただろう?」
僕は頷く。
「実に滑稽な姿だ。まるで鶏の鳴き声の様にね。」
したり顔の彼は腕を組み椅子の背中に体重を預ける。ふん、と鼻を鳴らす姿が癪に障る。
「でもさ・・・」僕もここで黙っているほど脆弱では無い。反撃の狼煙を今上げんと、乾いた唇を開く。少し皮が捲れた。痛い。
「少し生々しい話だけど、君の赤ん坊の例えになぞらえると、それこそ卵の方が先じゃないか。」
ここで少し、相手の出方を見る。品位のある戦い方である。
「どうして?」彼は問う、僕に。
「受精卵。」余計な言葉は要らない。僕は発言し直ぐに句点で結んだ。
「随分と下品な事を言うようになったな。」彼はやはり噛みついてきた。その鋭い言葉の刃で僕を切り裂こうとする。しかし諸刃の剣。
「君も逸物だなんて、僕の生物学的な理知的な言葉遣いとは比べ物にならない程、下品な言葉を言ってくれるじゃないか。」互いに睨み合う、弱気な瞳に闘志が宿る貴重な瞬間。
「やるか?」「やるか?」不協和音。
同時に発したその言葉で狼煙が上がる。事は無い。
「いや、止めておこう」「いや、止めておこう」和音。
良く考えてみればこの様な下らない議題で血を流すこと程、救いようの無いことは無いだろう。
結局、僕達はチキンなのだ、エグい結果に怯えて今日も暮らしている。
僕と彼。お互い、鶏でも卵でもない、間を取ったひよ子だ。
今日もよき日和日和。
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