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「あのね……」
突然の真由美の声はあまりに細過ぎて、風にほとんどさらわれてしまい、やっと気づくことができた。
「ん? どうした?」
真由美はこちらを見るでもなく、俯きがちに歩みを進めている。
「どうしたよ? 詰まるなんて珍しいな」
他では知らないが、俺の前ではないことだった。
「……。あのね、わたしね……」
まあ、言いたいことは分かる。しょうがない。俺の口から言ってやろう。
「結婚するんだろ?」
その言葉に驚くでもなく、歩みを止めて、静かに俺に顔を向けた。
真由美の顔は複雑だった。いろんな感情がまとまっていないような、そんな色が滲みでている。
「あれ? 分かっちゃった?」
おどけて言ったつもりだろうが、上手くはいってない。
「分かるって。俺らの付き合い何年よ? お前が俺を読めるように、俺も読めんだよ」
「へへ。やっぱりそうか」
俺たちはまた歩き始めた。背中にあたる風に押されるように。
「なあ、彼氏はいつもお前の左隣で歩くだろ?」
「うん」
「それって、すげー落ちつかない?」
「うん。すごく落ちつくよ」
「だろうな。いい彼氏じゃん」
「うん」
「おめでとう。真由美」
「……ありがとう」
俺の右隣には、今まで真由美しか立ったことがなかった。どういう訳か、付き合う女全部が左隣に立ちたがった。そして、それに俺が落ちつきを感じることはなかった。真由美が右隣にいるとこんなに落ちつくのに。
「一樹、わたしね、本当は……」
「よし。今日は俺の奢りだ。めでたいんだから、割り勘なんて野暮なことは言うなよ」
遮るように言葉を重ねた。
「うん。分かったよ。奢られてあげるね」
少し寂しそうに聞こえる真由美の言葉。いっそ風に流されてくれないだろうかと思いながら、俺は歩みを早めた。
遅れて真由美も肩を並べた。
まいったな。今の顔は見られたくないんだが。まあ、しょうがない。今夜の寿司は鼻につんとくるんだろうな。
咲いてもない桜の花びらが、風に舞うのが見えた気がした。
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