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トレイタ
英和辞書を俺は読んでいた。反逆者のことを『トレイタ』と呼ぶ。他に売国奴や裏切り者などの意味がある。上杉たちは反逆者だ。
親父は上杉たちに拷問をされていたことを知ってからは、優しく接してくれるようになった。
みんなが勉強している時間にゲームなどが出来るのが楽しい。もちろん、勉強もした。上杉たちがいないから逆にはかどった。通信教育はなかなか分かりやすい。だが、家の外に出るのは恐怖感があった。上杉たちにばったり会ったら何をされるか分からない。大好きだった図書館にも行けなくなってしまった。まるで、囚人だ。あいつらが死んでくれれば自由になれるのだが。
そして、3年の月日が流れ、2007年になった。俺は18歳になった。
俺はケータイ小説にはまっていた。流行語は『どげんかせんといかん』(東国原英夫)だ。そのまんま東がまさか宮崎の知事になるとは思わなかった。それと、『ハニカミ王子』(石川遼)だ。食品表示偽装や年金記録問題が相次いで、この年の漢字一字は『偽』だった。
2月、日本魚類学会は『バカ』などの不快感を与える32種類の魚の和名を改称することを発表した。
「おまえ、この魚に似てるよ?」
ニュースを見ていた親父がひどいことを言った。小島よしおやIKKOが一世を風靡した。クラスメイトは『そんなの関係ねぇ』とか『どんだけぇ~』とか真似していた。こいつらを殺せたら楽しいだろうな?
部屋にあるコンポでYUIの『Rolling・star』を聴いていた。どこか世間へ不満が溜まっている感じの曲が多い。
3月には『アンフェア』の映画がやるが、一緒に見に行く達がいない。
ゲームやケータイ小説ばかりの日々。あっという間に6月になった。
俺は自分の部屋で『帰ってきた時効警察』を見ていた。いよいよ来週は最終回だ。麻生久美子にぞっこんだった。
親父が部屋に入ってきた。
「ちょっとテレビを消せ」
「今、いいところなのに」
「いいから消せ」
俺はしぶしぶとリモコンの電源ボタンを押した。
「おまえ、これからどうするつもりなんだ?」
「どうするって?」
「今の時代、そう簡単に就職できないんだぞ?」
『ハケンの品格』でもそんな感じだったな?
「そんなこと言ったって」
「路頭に迷ってもいいのか?」
脳裏に公園にテントを張って暮らしている自分の姿が浮かんだ。
「テレビやゲームもいいけど、ちゃんと勉強しているのか?」
「うるせぇな~、親父に何がわかるんだよ?」
「親に向かってその態度はないだろ!?」
この日を境に親父とは衝突することが多くなった。昔は海水浴やキャンプによく連れて行ってもらった。こんな風になったのも上杉たちのせいだ。
8月のある夜、俺は部屋でラジオを聴いていた。どこかで花火の音がしている。ベランダに出ると、赤や青と次々に舞い上がっていく。外に出てみたくなった。外に出たのは7月5日に風邪ひいて病院に行ったきりだ。
爽やかな風が吹き、ヒグラシが鳴いている。ジョギングしたが、体が鈍っているせいですぐに息が切れた。膝が痛い。畦道を歩いて、須賀神社の方に向かった。祭囃子が聞こえてくる。空にはしだれ柳が咲いた。ドン!という音が腹に響く。鳥居をくぐると盆踊りが行われていた。射的や綿あめ、ヨーヨーなどの出店が出ている。ヨーヨーは英語じゃ間抜けな奴を意味する。カップルや親子連れ、皆楽しそうだ。激しい孤独感に襲われた。そのあとに、殺意が波のように押し寄せてくる。バタフライナイフでこいつら刺し殺せないかな?
家に戻ろうとすると嫌な気配がした。
「波多野じゃねぇか?」
その声に背筋が凍りつく。
振り返ると上杉と内山が立っていた。加納の姿は見当たらない。2人とも女子を連れている。俺は逃げようとしたが、体が硬直した。
「誰?」
上杉の彼女が見下したのような眼差しで俺を見た。
「俺の奴隷」
「あ~あの噂の?」
上杉の彼女はクスクス笑っている。どことなく石原さとみに似ている。
新垣結衣に似た内山の彼女がキャハキャハ!腹を抱えて笑ってる。
こいつら!俺が囚人みたいな生活を強いられているのにいい身分だな?
上杉と内山の目の前で女子どもをレイプして殺せたらどれだけ気分がいいだろう?
「ひきこもりは順調か?」
内山が言った。ガッキー似の女が「キモい~、どことなくガマガエルに似てねぇ?」と鼻で笑った。
「波多野、ツラいか?」
上杉は殺人事件の被害者遺族に尋ねるリポーターさながらだ。
俺は答えなかった。
「死んじゃえよ?」
上杉は軽い口調で言った。
俺は神社から走り去った。外になんか出るんじゃなかったな?気づくと俺は観光橋の袂に立っていた。黒い水面には、反射した満月が揺らめいている。
このまま飛び降りたら楽になれるだろうか?
欄干に足をかけたとき幻聴が聞こえた。
「ナゼ、オマエガ死ぬヒツヨウガアル?」
周囲を見回したが闇があるだけだ。
「コロシテシマエ」
フードをかぶった死神がフワリと上空に現れた。鋭い鎌が月光に反射してキラリと光った。死神が手を俺へとグィッと伸ばした。掌から黒い渦が放たれた。黒い渦が俺の体内に入ってくる。渦は熱に変わり、グツグツと音を立て沸騰している。
「コロス」
俺は言った。体内に電流のようなものが走っている。
俺は電柱を殴りつけた。凄まじい音とともに電柱に穴が開き、煙が立ち上った。自分の手には傷すらない。
「オマエハエラバレシモノダ、ツヨク生キロ」
そう言い残すと死神は姿を消した。
今までの嫌なことは勇者になるための試練だったってことか?
まぁ、どうでもいい。この腕があれば何も怖くない。
誰でもいいからボコボコにしたかった。
翌朝、俺は真木の家に電話をした。母親が出て、『うちの子と遊んでくれてありがとう』とお礼を言われた。よかった、真木にしていたことはバレていないようだ。
『おっ、おっ、おっ、おはよう』
普通にしゃべれないのか?キモい!
「真木、波多野だよ?今から一緒に遊ぼうよ?」
俺は小山駅前にあるコンビニに真木を呼びつけた。
何も知らずにノコノコとやって来た。
「キャッチボールでもしようぜ?」
「うん」
空き地に着くなり俺は真木をボコった。顔面を殴り、腹を殴り、呻いているところに蹴りを入れた。
「ゴミが!目障りなんだよ」
泣き苦しむ真木に吐き捨てた。
死なれると困るので蹴るのをやめた。実に爽快だった。ストレスを溜めるとうつ病になっちゃうからな?
蝉がやかましく鳴いている。
入道雲がモクモク湧いている。
家に戻り、テレビゲームで遊んだ。ゾンビを撃ち殺していくゲームだ。
上杉や内山、加納を殺せないだろうか?
ゾンビにこれでもか?というくらい弾丸を撃ち込んだ。
窓の外で雷鳴が響いた。鉛色の空から稲妻が吐き出される。雑木林のあたりに落ちて、ズズーン!と轟音がした。
やがて、雨が激しく音を立てて降り始めた。
翌朝は快晴だった。さてと、今日は何を壊そうかな?
俺は獲物を探しにインパルスというラブホテルの方に向かった。金髪の不良がぶつかってきた。右耳と唇にピアスをしている。
「いてぇな!?」
金髪が巻き舌で啖呵を切った。
ビビらなかった。俺にはこの拳がある。
「テメェからぶつかってきたんだろうが!?」
「いい度胸だな、てめぇ」
金髪は拳をパキパキ!鳴らした。
「上等だ」
俺は半身の構えをとった。宮本武蔵を模倣した。
金髪がストレートを放ってきた。俺はラッシュで回避した。つんのめるような格好になった金髪にアッパーカットを喰らわせた。
「ウガァッ!!」
叫ぶのも無理もない。拳は奴の顎を粉砕していたのだから。
俺は呼吸を整えた。
「今度からは相手を選んで喧嘩を売るんだな?」
奴を殴ったときの感触が忘れられない。次は誰を殴ろうかな?
小山駅の駅ビル、ロブレのゲーセンは今日も大賑わいだ。迫桜高校の連中は格ゲーで盛り上がっていた。
「竜崎の奴、おせぇな」
リーゼントスタイルの谷原健一がボタンを連打している。
谷原と対戦しているのは、奴と同じ3年X組の猪狩新太郎だ。
「また、どっかで喧嘩でもふっかけてんだろ?」
猪狩は丸坊主だ。
「最近、クソつまんねぇな?」
谷原がため息を吐いた。
「女とやりてぇ」
猪狩がぼやく、猪狩が操ってる美魔女キャラが、谷原の巨漢キャラをKOする。
「竜崎!」
2年の手塚孝彦が声を上げた。
顔を腫らした竜崎が立っていた。
「誰にやられた?」
谷原が尋ねた。
「分からないっす、あんなつえー奴ははじめてだ」
竜崎の体はブルブル震えてる。
「とりあえず手当だ、博士!薬局で薬買ってこい」
ゲームを中断し、谷原が手塚に言った。
「うっす!」
手塚がゲーセンから出ていく。
「おまえをやった奴、何人だ?」
猪狩が尋ねた。
「1人です」
「おまえを倒しちまうってことはナカナカのキャラだな?久々に楽しめそうだ」
谷原は化け物の登場に胸を躍らせた。
その日の夜、宇都宮駅西口に全身黒ずくめの軍団が集まった。
LAのロゴのキャップがトレードマーク、栃木を自分のものにするために日夜奔走している。蛇のように恐ろしいことから『パイソン』という名前がつけられた。集団の中には波多野を地獄に叩き落とした上杉や、内山の姿もあった。『パイソン』と対立するのは日光にアジトを持つ、『キメラ』だ。
『キメラ』には福島や仙台の奴らもいて、やたらと人数が多い。
「どうした?浮かない顔して」
内山が上杉に尋ねた。
「彼女にフラれた」
「そりゃあご愁傷さま」
内山は陽気に言った。
「あ~!むかつく」
「どうしたんだよ?」
『パイソン』のヘッド、近藤達也が上杉の隣に立った。
近藤は19歳、かつて迫桜高の頂点に立った男だ。強いだけでなく、人望もある。妙にソフトモヒカンが似合ってる。
「こいつ、女にフラれたんです」
「そりゃあ、かわいそうにな?」
「男がいたんすよ?クソッ!」
上杉は唾をアスファルトに吐いた。
「今夜は大いに楽しめよ?」
近藤が不気味に笑った。
「ちーす」
「ヘッド、カモを見つけました」
ツーブロックの原田大樹が言った。
原田の視線の先には手を繋いだ若いカップルがあった。楽しそうに笑いながら、宮の橋の方に向かう。近藤が薄く笑った。「狩れ」
上杉たちは餓えたハイエナの如く、カップルを取り囲んだ。
「なんだよ!」
男はハイエナたちを見回した。
「イチャイチャ目障りなんだよ!」
上杉は左のショートフックで男の腹を殴った。
「ミ……カ……逃…げろ」
男が崩れ落ちた。
「オリャッ!」
内山は男に蹴りを見舞った。
上杉は悶絶している男から財布を奪った。5万が入っていた。
「ケッコー持ってんじゃん?」
上杉たちはラブホにミカを連れ込み、乱交した。
8月3週目の週末、俺はロブレの6階にあるアミーゴって本屋で立ち読みしていた。マガジンにサンデー、ジャンプ。次から次に読み漁る。
自販機でボス缶を買って外に出ると、夏の午後の鋭い日差しが肌に痛かった。ショッピングモールに行くためのシャトルバスをベンチで待つことにした。プルトップを開けてグビグビ飲む。
『険』のオーラを纏った集団が俺を囲んだ。
「俺に何か用か?」
空き缶をゴミ箱に投げ捨てる。
「竜崎が世話になったな?」
リーゼントが言った。
「竜崎?あの、金髪野郎か?」
「おまえ、ナカナカ強いらしいな?」
リーゼントはガムをクチャクチャ噛んでる。
「貴様は?」
「きっ、貴様?俺は迫桜で番をはってる谷原だ」
「ふ~ん」
「おまえは?」
「波多野」
右端にいた丸坊主がクスクス笑ってる。
「あ?」
「鼻毛が伸びてら」
めっちゃ恥ずかしいじゃん!鼻の穴に手を伸ばしたとき、丸坊主は蹴りを入れてきた。俺はアスファルトに倒され、サッカーボールみたく谷原たちに蹴られた。不思議と痛みはなかった。死神の魔力は痛覚すら消すらしい。
俺は立ち上がり、谷原を睨みつけた。
「バケモン!」
丸坊主が顔を真っ青にさせ、唇を震わせた。
俺は袈裟斬りチョップで丸坊主の鎖骨を狙った。
「ウギャアッ!」
丸坊主がアスファルトに沈む。
「マッポだ!」
ウルフヘアが叫んだ。
警官が2人こちらに走ってくる。
俺たちは四方八方に逃げた。
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