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般若心経
隣室のドアの前に先客がいるのだ。黒っぽい服装に身を包んだ白髪頭の初老の男が、ドアの前に立っている。この人も苦情を言いに来たのだろうか。そりゃそうだろう、夜中の二時にあんな音を鳴らされて大声で騒がれて安眠を妨害されりゃ、ブチ切れるのは俺だけじゃない筈だ。何となく心強い援軍を得たような気がして、話しかけてみた。
「やっぱり、うるさいですよねえ。まったく何考えてんでしょうね」
初老の男はというと、俺の声に返事もせず、にやにやしながらじっとドアを見つめている。こいつも何か変だな。黙ってドアだけ見てても何にもならんじゃないか。
それにしても、この人はどこの部屋の人だろう。この201号室は二階の廊下の端に在り、隣室と言えば俺の住む202号室しかない。203号の人は、確か旅行中だ。他にこの階に部屋は無く、ここは二階建てだから上に部屋は無い。
じゃあ、真下の101号室の人だろうか。いや、そんな筈はない。何故なら101号室の住人は、三日程前に絞殺死体で発見されて……警察が来て大騒ぎになって……今は誰もいない筈……
犯人はまだ捕まっていない。そう言えば、テレビのニュースに映っていた被害者の顔写真も白髪頭の初老の男性だったな……
そんなことを考えていたら、ドアの前の男がこっちを振り向いてにやりと笑った。そしてひと言「無駄だよ」と言うと、すうっと扉の中に吸い込まれていった。
その直後、部屋の中からぞっとするような恐ろしい叫び声が聞こえて来た。
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