『カミ』の伝承

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『カミ』の伝承

 その人間たちはある日突然、引っ越して来た。 「……」  俺としては「またか……」という気持ちだった。今まで何度もこの地で生活をしようとしていた人間はいたけど、結局誰もなじむことが出来ずに知らない内にいなくなっていた。  人間たちは「この土地は人間には合わない土地……」と言い張りたいところだろうけど、実際のところは人間だけでなく俺の様な動物たちにもなかなかこの土地は生き物に厳しい。  基本的にこの土地は寒いし、日差しが差し込む時間もあまり長くない。日差しがあまり差し込まないという事は、それだけ日影が多いという事になる。  だから、農作業をしようと思ってもなかなか上手くいかない。 ――ただ川はキレイなモノ流れているから「やりようによっては……」とポジティブに考えたのだろうけど。  確かに『やり方』を考えればいくらでも生活は成り立つとは思う。それこそ「多くを望まなければ……」ではあるけど。  それでも、今のところこの地でまともに生活が出来た人間はいない。  もちろん、先程の上げた条件が一番の理由だとは思うけど後は……多分、この地で『ある出来事』が起きたという事も多少関係があるとは思う。 ――それにしても、こいつらは『その事』を知っていたのだろうか。それとも知っていながら来たのだろうか……もし、後者だとしたら相当なモノ好きだな。 「…………」  いや、もしかしたら『何らかの理由』で人里離れたここで生活せざる負えなくなったのだろうか……。 「ほら、カミエルここなら大丈夫よ」  なんて思っている内に荷物の搬入が終わったらしく、人間の声が聞こえる。今、聞こえたのは母親だろうか。 「…………」  ただ母親に手を引かれて連れて来られた子供は……泣きわめく事もなく、だからと言って嬉しがる事もないただの『無表情』だ。  その表情は……俺がこの地でたった『一匹』になった時に水面に映った表情と似ている。 「うーん、言い伝えみたいなモノがあるって聞いていたけど……今のところは問題なさそうだな」  今の声の主は父親か。 「…………」  もしかしたら、彼らは『物好き』と『ある理由』の両方でこの地に来たのかも知れない……と、周辺を見渡せる崖の上から観察してそう感じていた。
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