参拝

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参拝

 その女は、自分自身を取り巻く現状に満足していなかった。    これまで生きてきて自分の願望が叶ったことなど、ただの一度も無いように感じられた。    そんなとき、何となく立ち寄った古本屋で目に付いた一冊の自己啓発本。 「これだ!」と思った女は、すぐにその本を購入し、家に帰って熱心に読みふけった。  その本の中には自分を変えるための様々な方法が記してあり、女はそのいくつかを実践してみることにした。  その中の一つが『神社でお参りをする』というものであった。    神社でお参りをすることなど初詣くらいだったな、と思った女は、とりあえず近所の古びた神社に立ち寄ってみることにしたのだ。  晴れ晴れとした空が広がる今日こそ、絶好の参拝日和であるかのように感じられた。  まず神様に自分が来たことを知らせるために鈴を鳴らし、賽銭箱に百円を投げ込んでみる(これでも彼女にしては奮発した方である)。次に柏手を二回。前にテレビで見た参拝の方法を懸命に思い出しながら、見よう見まねでやってみた。  いよいよ願い事をする段階になって、女は『あれ?』と困惑した。    そもそも女には、どうしても叶えたい願い事など一つも無かったのである。
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