目線の先に

1/10
21人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ

目線の先に

 あの頃の僕たちは、まだ「わからない」が許される年齢だった。  閉め切った窓の向こうから遠く聞こえてくる蝉の鳴き声。切り裂かれた白いシャツ。陽光に照らされて鋭く光るカッターナイフ。床に四方八方に散らばっている夏休みの課題。先ほどまで食べていたポテトチップスの塩味が残っている唇。ベッドへ沈む自分の体。  首を掴まれ、水中へ沈められている気分だった。時折、激しい波が僕を揺さぶった。目の前にいる同級生の顔が歪んでいる。意識が遠退きそうになったその時、甲高い叫び声で僕の体は一気に水中から引き上げられた。僕の体はきちんとベッドに在った。振り返ると、部屋の扉のところで青ざめた顔で立ち尽くす母親がいた。やがてこちらに近づいてくると僕に覆い被さっている相手の頬を思い切り引っぱたいた。そして叫んだ。狂ったように何度も何度も叫んでいた。その叫びの合間に僕は見てしまった。乱れた髪の隙間から覗く瞳が僕を捉えるのを。そして、唇の端がゆっくりと吊り上がるのを。  ヒステリックに陥った母親が相手に問い詰める。相手は僕から視線を逸らすと感情を持たぬ顔で言い放った。 「俺にも、わからないんです」     
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!