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プロローグ
八月一日。
夏。
幼いころ、それは待ち望んだ季節だった。
花火の放つ轟音に心臓を震わせた日。ビー玉と格闘しながら最後の一滴で舌を濡らしたラムネの味。好きだった子との思わぬ邂逅に息を飲んだ瞬間。遠出をする車内でみていた親の背中と流れる風景。暑さに負けず、虫を追いかけまわした日々。携帯ゲーム機を突きあわせて友達と遊んだ夜。
なんてことはなかったはずの日々は、一日一日がかけがえのない宝物となって、心の奥底にしまいこまれている。
いつからか夏になると、暑さに対する憎しみを増大させるようになった。夏とは、暑いだけの辛い毎日でしかない。汗の不快感を露わにしながら、同じ道を通いつづけ、気付けば短い秋の到来。あっという間に長い冬が来る。本当は、大切なものが夏には沢山つまっているはずなのに。
もしも、子供のころに過ごしていた夏休みを、もう一度この手に収めたなら……。
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