【八月二日】少女神夜

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 岸本家から離れて、神夜は自転車を押しながら八尋に声をかけた。 「ねえ、結局、お母さんが死んだときの矛盾ってなんだったんだろうね」 「ああ。武史よりも結構前に死んでたってやつか。あれはな矛盾なんてなかったんだよ」 「え? でもあの人は死ぬ少し前まで、お母さんと話してたような口ぶりだったよ」 「そうだ。多分、実際に話してたんだ。元から霊感があった武史は、生前から母親の亡霊と暮らしていたんじゃないかな。父親からすれば二人暮らしでも、あいつにとっては三人暮らしってわけだな。そう考えると辻褄が合う。祖母のほうも武史の親父を指して『あの子だけは私が見えない』といっていたしな」 「なんだ。単純なことだったのね」 「亡霊に口すっぱく死の危険を忠告されていたのに同じ亡霊になっちまったんだ。そりゃあ合わせる顔はないだろうな。まあ、最後の二人を見る限り、もう大丈夫だろう」 道が二手に分かれるところで八尋は足先を神夜とは別の方向へ変えた。「それじゃ、俺の家はこっちだから」 彼の背に彼女は疑問を投げかけた。「ねえ、おばけってなんなの? 怖くないの?」  太陽を零したようなオレンジ色の空を八尋は仰ぐ。 「そりゃあ……怖いことだってあるさ。ただな、彼らはバッドエンドを迎えた人々だ。切なさと悲しみと憎しみに苛まれて、途方に暮れた人たち。俺は語られるはずのなかった物語を、一枚の紙に落としこんでいる。……怖がりすぎるのはよくないぞ。物事には必ず理由があるもんさ。それは亡霊とて同じだ」 なにか困ったことがあったらいつでも来いといい残して、彼は彼女と別れた。 八尋は帰り道、落陽にむかって歩く。火照ったあぜ道に石ころ一つ。彼はスマートホンをポケットにしまって石を蹴った。家まで送り届る魂胆だ。それは子供の頃よくやった暇つぶし。傍から見ればくだらない遊びでも、大人になって久しい八尋とってはとても大切な行為だ。なつやすみはまだはじまったばかり。山に身を隠す太陽にまだ見ぬ未来を託して、足元に視線を映す。石ころは明後日の方向へ転がって田んぼに落ちた。そんなものだ、と彼は割り切った。
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