【八月三日】写真

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 神夜は撮影ということで自転車をログハウスに残して、二人は徒歩で稲連へむかうこととなった。やがて、八尋は空を仰いで唸り声を上げる。朧気な輪郭の白い雲がまるで空に溶けているようで、全体的に色が薄い。空の写真にはむかない陽気だ。皮膚を焦がす光と地面から湧き上がる熱気のなかで、彼は自分が蒸し料理になる危機感を抱く。すでに焼かれて干からびたミミズがそこかしこに散らばっている。自分の未来のようだと彼は思う。  恒例となった不快な気配が周囲に漂いはじめる。もはや慣れたもので、彼はたいして気にもせず、一心不乱で被写体を探す神夜の後をのんびりとついていった。それよりも気になるのは首のない亡霊だ。しばらく歩いて、前日に撮影したポイントを通りがかる際、彼は写真に写っていた霊の場所を凝視した。  ――いる。  徐々に透明度を失うその姿。スーツを着た中年の男のように思える。首から上部が途切れているせいで、全く感情が感じられない。まるで切り取った写真を張り付けているみたいに微動だにしなかった。神夜のほうをみやると、彼女はファインダーを覗いて道端の花を撮っている。実物を前にしてもやはり見えないようだ。とり憑かれているようなこの感覚となにか結びつきがあるのではないかと訝し気に見つめる八尋の前で、それは次第に揺らめいて消えてしまった。 「ねえ! 撮らないのー?」  腕を組んで思慮に耽っていた彼に神夜は数十メートル先で大声を出した。 首無しの亡霊を探るには情報が少ない。いまは考えることをやめて、彼女と夏を楽しもう。そう思い直して彼は足早にその場を離れた――。 科戸町は、はじめて踏みこんだ土地でありながら見渡す限りのすべてが原風景だった。木製の街灯や電信柱、澄み渡った緑の香り、錆び付いた看板の駄菓子屋、どこまでも広がる田園風景と、ひっそりと佇む踏切、そして駆ける子供たち。とうに色褪せていた風景が幼いころの記憶から飛びだして、目の前に広がっているようだ。なにもかもが大きく見えていたあの日々。目線の高さが変わってしまったことに、時を経てしまった自分を思い知る。君の時代は終わったんだよ、と風に告がれた気がして、彼は遠くで遊んでいる子供たちから目をそらした。  だいの大人が【なつやすみ】などというのはバカバカしいことだと、八尋は知っている。それでも、いまはひと夏の夢に浸っていたい。これは真に大人になるための儀式だ。振り返る日々に別れを告げて、前へ進むための儀式。そのために彼は、暑さで脱力した体を奮って歩いた。
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