【八月二日】少女神夜

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 住宅街を抜け、森を通って、道路に沿って科戸町の境へ。道すがら、八尋は田舎町を自転車を走るという青春的なシチュエーションに陰ながら悦に浸っていた。背中を女の子に預けて風を切るのは気分がいい。田舎の香りにミンミンゼミ、空に近づいて、陽炎に揺らめく市街地を遠くから眺める。彼は一時目的を忘れて、学生時代に想いを馳せた。あの日、一緒に漕いだ友達はすでに結婚して子をなしている。疎遠になってしまった友人も少なくない。やっぱり自分だけは、あの夏に置き去りにされているようだ。でも、いまはそれでもいい。彼はそう思いながら、あの日に走った道を、もう一度塗り返すように自転車を漕いだ――。 空見台霊園はその名の通り開けた丘に作られた霊園で、大樹の群れが作る緑の大海を一望することができた。敷地内は広く、区画分けされた小規模の墓場がいくつも存在し、どれもが広々と場所をとっていた。花が所狭しと植えられているため陰湿さは皆無で、管理がきちんと行き届いていることが傍目にも分かる。八尋からすれば霊園は冥界の団地のようなもので、多数の亡霊たちが目を瞑って静かに佇んでいるのが見えた。一方、神夜はというと常に視界に入りこんでくる死者たちの存在に気圧されているようだった。 霊園内に設置されていた自販機で二人は乾いた喉を潤した。 「それじゃあ、さっさと探すか」八尋はいった。 「どうやって探すの?」 「片っ端から声をかけるだけだよ。なにも墓の数だけ亡霊がいるわけじゃない。すぐに見つかるだろう。いるのなら……な」八尋はそういって肩をすくめた。 一つの区画ごとに二人は手分けして岸本佳澄なる人物に心当たりがないか尋ねてまわった。おどおどしながら話しかける神夜に亡霊たちは、ぼそぼそと返す者や堰を切ったように自分語りをはじめる者、一瞥してそっぽを向く者など、様々な反応を彼女に見せる。そのたびに彼女は疲れた顔を浮かべて場所を変えた。  一方で八尋は霊との会話の合間に、良い撮影ポイントはないかと頻りに視線を迷わせた。見知らぬ場所に赴いたときはついつい被写体を探してしまう。写真家の性だ。  あの花から主観的に亡霊を仰ぐ写真はどうだろう。あそこにいる霊が見つめるさきに市街地があるから、背後から撮ってみるのも乙かもしれない。霧が深いときにここからあの山を望めば荘厳な写真が撮れるはずだ。夕日が沈む方向はあそこだから、きっとこの亡霊を主体に撮れば良い写真になるかもしれない。そんなことを考えるうち、写真に亡霊を取り入れることを当然のように考えている自分に気がついて、彼は芝生に目を落とした。  風景写真家だというのに、霊視ができるようになってから随分と時間が経ってしまったようだ。ため息をついて彼は探すものを被写体から亡霊に切り替えた。
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