【八月二日】少女神夜

1/13
53人が本棚に入れています
本棚に追加
/54ページ

【八月二日】少女神夜

 八月二日。 前日の長旅の疲れからか昼頃まで寝ていた八尋は、耐えがたい空腹で目を覚ました。ポラロイドカメラとメインで用いている一眼レフを小型のカメラバックに詰め込んで、とりあえず食料を買いに行こうと、彼は夏に飛び出した。  ――八尋の容姿は決して爽やかな印象を与える顔じゃない。ぼさぼさの黒髪で無精ヒゲ、平坦ぎみな眉毛と冷酷そうな鋭い眼は狡猾そうなイメージがある。かっこいいといえばかっこいい。でも、嫌いな人は嫌いだろうね。そんな彼は自分の悪い印象を少しでも払拭しようと白を愛用する。染み一つない真っ白なワイシャツに白いロングカーゴパンツで清潔感を出し、暑さ対策もバッチリというわけさ。残念ながら、少し怪しい雰囲気が出ているけれど、彼は気がついていないようだ――。 真っ先に八尋を出迎えたのはむせかえるような灼熱の空気と、アブラゼミとミンミンゼミの叫びだ。彼は数メートル歩いただけで汗まみれになり、熱気が肺に流れ込んだ。ログハウスにエアコンが完備されていなかったなら、寝てる間に死んでいたかもしれない。 立ちのぼる巨大な入道雲、田舎特有のなんともいえぬ匂い、背後の森では蝉時雨の協奏曲、陽炎に浮かぶ力強い夏の光景はまさに彼が望んでいたものだった。スーツの皺も、流れる汗も、仕事のことや時間だって気にしなくていい。気ままに行くあぜ道は、清々しい風の付き添いで彼に軽やかな足取りをもたらした。
/54ページ

最初のコメントを投稿しよう!