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穏やかな時間が流れて、それはすぐに壊れる。
鳴り響く携帯電話に、悠の名前が表示されている。
「出ないの?」
画面を見つめたわたしに、悠馬さんが問いかける。
「電話、悠斗から?」
素直に頷いた。電話は一度切れて再び鳴り出す。
「いいよ、出なよ」
背を向けた悠馬さんが、そっとわたしから離れた。
つながれた電話の向こう、悠の声が響く。
『迎えに行く。今、何処?』
まるで何も無かったかの様に、落ち着いた低い声がする。
瞬間、脳裏に浮かぶ胡蝶蘭の花。赤い薔薇の甘い匂い。そして…… 妖艶に微笑んだ舞坂沙耶の姿。
「逢えない」
心が、悠と向かい合うことから逃げた。
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