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車から降りなくちゃ。身体を傾けた時その手に捕まる。
「莉緒」
引き寄せられて、優しく抱きしめられる。
狭い空間で、見つめられて動けなくなる。
「可愛ね、莉緒」
キュンって、弾いた胸の響き。
「顔見せて、もっと」
指が額にふれて。頬を撫でて。愛しむみたいにもう一度抱きしめられる。
「俺の。莉緒」
何度も名前を呼ばれて―― 気が付いた。
悠斗さんじゃ無い。悠馬さん……?
「悠馬さんなの?」
視線を落とした先に目に入るズボンの色。薄いグレーグリーン。給湯室のあの時、見たスーツの色は確かにグレーだった。
抱きしめられた胸から離れて、顔を上げた。
優しく笑う表情も、見つめ合う瞳も、あの日の悠さんと同じ。
「悠馬さん、でしょう?」
問いかけに頷いて、悠馬さんがまた、わたしを引き寄せる。
「俺の莉緒だ」
優しく髪を撫でるから、突き放せなくなる。甘い囁きに溶けそうになる。
同じ顔、同じ声。同じ匂いに惑わされる。
わたしの愛した人は、貴方なの?
わからなくて見動きができない。悠斗さんも、悠馬さんも、どうして名前を呼ぶの?
わたしを抱いたのは。誰なの――?
鼓動がどんどん、早くなっていく。あの日の貴方に逢いたいのに。惑わされて見えなくなる。
「好きだよ、莉緒」
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