見えているのは、本物か

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 苺摘から離れた波旬は、手に持った何かをじっと眺めている。苺摘はメガネがないせいで、波旬の姿があまりよく見えなかった。  しかし、何をしているのかは何となく分かっていた。多分あれは…懐中時計だ。そう苺摘は判断した。 「か、え、せ」  苺摘はどうにか喉に力を入れて言葉を発した。  それが無いと不安だ。今それがどんな風になっているのかも分からない。相変わらず数字は増えてしまっているんだろうか。 「返さない。これ渡したらお前死ぬだろ」  それを聞いた波旬は、苺摘の方を向かずに言った。 「す、うじ…」 「何それ?知らない」  波旬は答えなかった。数字が増えているのかも、減っているのかも。それが悲しくて、苺摘の瞳には涙が滲んでいた。ただでさえ悪い視界が更に歪む。 「俺よりもこんな金属の塊の方が良いの?依存するなら俺にした方がいい」  懐中時計が何処かの引出しに仕舞われる音が聞こえた。 「堕落しちゃえよ」 「っ…」  自分から全てを奪う波旬なんか大嫌いだ。苦しくて苦しくて堪らない。波旬はまた苺摘に近付いてキスを落としてきた。案の定舌が挿入される、苺摘はその舌を思いっきり噛んだ。 「っ、いってぇな」  波旬は口元を抑えている。でも何でか言葉に怒気が感じられない事に違和感を感じた。 「お前に嫌われても、俺はお前が好き」 (好きなら放せよ…) 「それに…」  波旬は静かに、そして、優しく言った。 「俺は好き。世界中の全員が、そしてお前が自分自身を大嫌いになっても…俺は、ずっとずっと、お前が好き」  波旬の言葉は、まるで苺摘が自分を大事にしていないかのような物言いだった。俺はこんなに生きたいのに、苺摘は思う。  何故だか波旬と言葉が噛み合わない。それは、何でだ?
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