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「新郎新婦、入場」
神父がそう言うと、白く大きな扉は開かれた。そこから出てきたのは、紺色のタキシードを着こなす顔立ちの良い男と、白いウェディングドレスに身を包んだ綺麗な女……優奈だった。二人は式場に響き渡る拍手を受けながら、ゆっくりと歩いていく。やがて二人は頭を下げてから、メインテーブルへと腰をかけた。
あぁ、お前の隣に座る男は一一一
この期に及んで、そんなことを考えてしまう小さな自分がいた。黒い欲望が俺の中で渦巻いていると、幸せそうな二人の笑顔が目に入り、はっとした。そして自分自身が本当に求めていたものを思い出した。
そうだった。俺は、優奈に幸せになって欲しかったんだ。幸せにしてやれるのは俺だけだと思っていた。けれどどうやら違ったようだ。しかし、随分顔の良い男だ。恨めしいぜ。精々、夫婦共々幸せに暮らせよ。前の恋人に未練を感じるなんて、かっこ悪い。男のすることじゃないさ。俺も、嫁さん探さないとなあ。最後に、本当におめでとう。と心の中で締め括った。悲しいわけでも、嬉しいわけでもないのに、なんだか泣きそうだ。
「その結婚、ちょっと待った!」
胸元のハンカチに手をかけたその瞬間、式場内に響いたその大きな声が勢いよく扉が開かれる音と共に聞こえてきた。背後を振り返ると、そこには息を切らせた白色のタキシード姿の男が一人。会場内では困惑のざわめきが起きていた。
「来てくれると思ってた!」
優奈はそう言いながらウェディングドレスの裾を持ち、息を切らせた男の元へと駆け寄った。神父、両親、俺。たった二人を除いて、会場内の人間全員が混乱していた。空いた口が塞がらないとはまさにこの事で、ただただ目の前の光景が信じられずにいた。そうしてそそくさと外車に乗り込んだ二人は、遥か彼方へと消えて行ってしまった。この会場に残されたのは、地獄のような空気と沈黙だけだった。すると、新郎になるはずだった男が、伸ばした腕を落としながら、こう呟いていたのを俺はしっかりと聞いた。
「君と結婚するのは、ぼくだと思ってた……」
その日、男と朝まで飲み明かした。 あいつはとんだ浮気野郎だ、だけど顔は可愛かったよな。そんな男同士の思いをぶつけ合った夜は、最高だったことは確かだ。
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