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私達の村は百年以上前から言い伝えられている古い教えがある。これは代々続けられてきた争いの結果であり、悲しい歴史だ。
『オオカミには気を付けなさい』
生まれてきてから毎日のように言われ続けてきたこの言葉を私はなんの疑いも持たずに信じてきた。
オオカミは危険で野蛮な生き物。親切なフリをして近づいてくる狡賢い生き物。この村ではオオカミはそういう扱いをされる。
「ローゼ、君は特にオオカミに気を付けなければならないんだ」
私の横で心配そうに語るシャサールはこの村で一番と謳われる程の実力を持つ狩人で、私の幼馴染でもある。
「その昔、赤ずきんはオオカミに殺されたんだ。それも迷子になった赤ずきんを助けるフリをして近づいてね」
「もう……その話何回も聞いたよ、シャサール」
「あれ、そうだったかな?」
長くなりそうだと感じた私は呆れ顔で彼の話を遮る。何度も話したことを本気で忘れているかのようにとぼけた返答をする彼に、今では諳んじることまでできるようになった話の続きをしてみせた。
「赤ずきんを油断させて襲いかかったオオカミはまんまと彼女を殺すことに成功する。だけどその様子を通りかかった狩人が見ていてオオカミは狩人に成敗される。それ以降、オオカミは復讐の為に赤ずきんを襲い続け、また、狩人も赤ずきんを守る為にオオカミを殺し続けている……でしょ?」
口早にシャサールに告げると彼は顔を綻ばせ、更に私の説明に補足を付け足す。
「そう。赤ずきんとオオカミは代々引き継がれ、何度も同じ運命を辿ってきたんだ。もちろん、些細な違いはあるけどね」
赤ずきんは狩人に守られオオカミは殺される。この村ではずっとこれが続いている。どちらも互いに殺された先祖の復讐の為に争い続けている。
「今ではもう、赤ずきんが殺されることはないけどね。昔は守れなかったようだけどさ」
「……そうなんだ」
「なに、心配することはないさ。ローゼ、君のことは僕が守ってみせる」
彼は誇らしげに胸を張り、腰に携えている矢を長い指先で叩く。翡翠色の瞳には確かな自信と強い意思が込められていた。
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