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交わされる静かなる戦い
それは、身も心もとげとげになりつつあった頃にその知らせは届いた。
PLLLL
鉄次郎のスマホが鳴った。
いくら弟を愛してやまないと言っても、鉄次郎にも仕事と言うものがある。
重役を前にして書類に目を通していた鉄次郎は、胸ポケットに入れていあったスマホが震えているのに気づいた。
表示を見た瞬間に、顔色を変えた鉄次郎。
当然、会社の頂点となる人間の顔色が変わったことに、その場にいた人間は気づいた。
何か、まずいことがあったのでは...。
「...すまない、ずっと連絡を待っていた人からだ。 少しばかり席を外さしてもらおう」
ゆっくりと立ちあがった鉄次郎は足早に扉の元に向かって部屋を出て行ったのだった。
「もしもしっ!紗々か?紗々なのかっ!?」
急いで使われていない会議室に飛び込んで扉の鍵を閉め、通話ボタンに切り替えた鉄次郎。
聞こえてきた声が愛らしい弟だと思っていたのだが、
『突然のお電話を失礼します。 紗々さんのお兄様でしょうか』
―!!!!!!
身体に稲妻が落ちた瞬間だった。
聞こえてきたのは、円やかな声ではなく、研ぎ澄まされた声。
一瞬で気づいたアルファの勘。
「...もしかして、紗々の...」
握り締めるスマホがギシっと軋むほど、強い力で握り締められている。
『はい。 紗々さんと同じ会社で今年、働くことになっている市川 悟と申します。
連絡が遅くなって申し訳ありません。 紗々さんは今、僕の横で話を聞いているのですが、少しでもお兄様に連絡をしたいと言っているので、僕が代わりにしてます。
…まだ、身体が思うように動かなくって...ハハハ。』
鉄次郎は、頭に血が上りそうになった。
アルファだからこそ、わかる事情と言うものがあるのは承知だ。オメガの身内を持った以上、こういう会話は遅くても早くてもいつかはあるのだろうと覚悟をしていた。
けれど...実際に目の当たりにすると
「...ハハハハ。ソレハ ソレハ オキヅカイ カンシャスル。」
鉄次郎は自分が何を言っているのか、いまいち覚えてなどいなかった。
だが、そうとは知らない悟は会話を続けるのだった。
『あと一日の休息を取って、翌日に紗々さんの御実家の方に挨拶に行きたいのです。
お兄さん、都合のいい時間を教えてください』
通話を切った鉄次郎。
近くにあった椅子にドカッと腰を落とし、大きくため息をつきながら天井を見た。
紗々の相手は、紗々を大切にしてくれているようではあった。オメガを蔑ろにするアルファもいるのは知っているが、彼はそういう類ではないのだろう。だが...しかし。
「...お前に お兄さんっ呼ばれたくねんだけど?」
メラメラと沸き起こる反逆な思考。
朝、絞めたネクタイを指で緩めながら口元をあげていたのだ。
既に鉄次郎は、結婚前の挨拶を交わす親父の心境だったのだ。
そして、当日。
「…そういえば、悟に伝えるのを忘れてたんだけど...」
紗々が家に近付きながら言い淀んでいた。
「…何?」
悟は、【運命】の番を目の前にして何も恐れる物はなかった。
凛々しい姿に紗々は気持ちを緩める。
「僕の兄さん...。 つまり、森家の長男の鉄次郎兄さんなんだけどね?」
紗々は立ち止まり悟の手を取り、彼の目を見た。
そして、
「...元ヤンなんだ。」
「・・・・おう、マカシトケっ。...。」
悟は、扉の奥を見つめた。
すでに感じるアルファ独特の威圧感。
ゴクリと息を飲み込んだ。
頬を染める紗々を目の前に、諦めるという考えなどどこにもなかった。
悟、新卒にて森家の家宝とされる紗々の番となった男。
そして、玄関の前で今か今かと待ち構えている30手前のアルファ独身、森家の長男の鉄次郎。
この2人のバトルが始まるのだった。
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