紗々のこれまでと、これからと

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紗々のこれまでと、これからと

紗々は、悟に包まれながらこれまでを振り返っていた。 紗々が生まれたのは、とある温泉街。 どういう理由かは知らされていないが森家の子どもとして引き取られた過去があった。 それを聞かされたのは、高校受験の時だ。 学校に提出をする書類を揃える機会に両親から告げられたのを紗々は今でも鮮明に覚えている。確かに、写真で家族と写っていても自分は全く似てない。だが、他の兄弟と同じように両親は接してくれて、そんな疑念など一度も感じることはなかった。 隣で話を聞いていた長男の鉄次郎は、ずっとそれを知っていた上で過ごしていたの言うのも驚きだ。家の中にアルファとオメガがいる以上、年長者として兄がどう接するべきかを常に考えてくれた紗々の自慢の兄だ。 数年前、両親の交通事故で親を亡くした時も、兄は紗々を含めて兄弟を守ってくれた。 世間ではオメガだとわかった途端に、縁を切られることが多いと言われる中で、紗々は愛され守られてきた。捻くれたりすることもなく、自棄になることもなかった。 酷いことを言われたら鉄次郎が反撃に出て弟たちも守ってくれた。 それでも、社会に出る時には兄に反対されたのはまだ、昨日のことのように覚えている。 「これまでは、俺らの目が届いていたから許していたが、紗々はそれでも、オメガだ。 社会とは肯定と否定でなりたっている。 オメガを大切にするべきだという考えがある一方、子どもを産むための道具だと思っている輩もいる。そういう奴らは、時に、暴力的な行動をとるということは、ニュースでよく見るだろう。  さすがに、会社にまで俺らが向かうことはできない。 オメガへの待遇がいい会社だとしても、通勤や取引先が違っては、お前が苦しむだけだ。  ストレスで、身体を壊すオメガもいるというじゃないか。な? 紗々。  家にいて、家族の支えに回ってはくれないか?」 初めて引き留められたことに、紗々自身、考えなかったわけではない。 だが、世の中に紗々のようなオメガがいるということを知って欲しいと思う自分もいたのだ。 「普通のように生きろって、兄さんが言ったんだよ? 僕から、普通を取り上げるの?」 あの時の兄のため息は、紗々の一番の宝物だ。 あ、兄さんに連絡を入れてない。 思い出した紗々は隣で眠っている悟を起こさないようにゆっくりと身体を起こした。 ズキンっと鈍い痛みが身体のあちらこちらで起こり、顔を歪ませる。 ゆっくりと床に足を置いた紗々は、そのまま歩こうとした。 ―?! ドサッと、その場に崩れ落ち、ベッドにつかまった。 「紗々っ?!」 寝ていたはずの悟は、音で飛び起きた。 そして、慌てて床にいる紗々の元に寄ったのだ。 「...動けない...」 悟は、あーっと、原因を頭に浮かべた。 「...まぁ、なるよね、あんなにたくさん...」 何のことを言われているのか、始めはわからなかった紗々は、気付き、顔を真っ赤にさせた。 「...なんかごめん...」 悟を誘った自覚がある紗々は、謝った。 そんな様子を見て悟は笑みを浮かべる。 「まだ、紗々は身体が使い物にならないと思うから、俺が動くよ。   何をしようとしてたの?」 紗々の身体を抱き上げ、ベッドの真ん中にゆっくりと下ろす。 紗々は、そんな悟をポーっと呆けた顔で見つめている。 どうしよう...。すごく嬉しい。 大切にしてもらっているって気づく分だけ、知り合ったばかりの彼を好きになる自分がいた。 「...家族に。 えっと、血は繋がってないんだけど、大切にしてくれてる家族がいて...」 悟は紗々の話を把握し、床に転がっているスーツからスマホを取り出し、渡した。 紗々がスマホをチェックしている間、悟は紗々のために朝食や着替えを用意していた。 会社にもメールで現状報告を入れ、番申請の受諾を確認し、延長することを手に入れた。 「うっわっ。何、この着信とメールの量っ!」 紗々の驚く声に悟は近づき、画面をのぞき込んだ。 「...84件...。 ある意味、スマホのバッテリーがよく持ってたなって感心するレベル...」 紗々は、困惑しながら 「スマホは新しい物を兄さんが買ってくれたから、これだけ持ったんだと思うけど、もう少しで切れそうだった。 それにしても84件って...。」 どうしようと悩んでいる。 悟は、不安な顔をしている紗々の横に座って手を握る。 「...俺が一緒にいるから、紗々は何も心配はいらない」 紗々は、握り締められた手を見て過ぎる思いを消したのだった。
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