27人が本棚に入れています
本棚に追加
狭いエントランスでエレベーターを待ちながら、いつもの癖で鍵を確かめる。弟が「ねーちゃんそっくり」とよこした頬が膨れたウサギのチャームが揺れた。似てないのに、とエレベーターの窓に視線を移した。黒髪のミディアムヘアが丸顔を強調しているように見えた。せっかく親元を離れたのだから色を抜こうかな。そんなことを考えているうちにドアが開いた。セロリの青い匂いが残っていた。また住人の誰かと入れ違ったのかもしれない。
六階建てのマンションは古さのわりに賑わっている。だが、さすが都会というべきか、住人の生活リズムはばらばらだ。暮らし始めて一か月とちょっと、ひとと会ったのは数えるほどで、いまだに両隣とは会ったことがない。
――どんなひとが住んでいるのかなあ。
エレベーターから降りると、夜気がひんやりと頬を撫でた。もういちど鍵を握りなおす。ウサギの頭についた鈴がちりんと鳴った。廊下には男がひとり。階段を上がってきたのだろうと思った。階段の前で息を整えるように立ち止まっていたから。三階。愛華自身も運動のために階段を上がろうと考えたものだ。……最初の三日間は。
愛華の部屋は三〇八号室。男もそちらのほうらしかった。鍵を持ちなおしながらちらちらと窺えば、ちょうど隣、三〇七号室。
――お隣さん、こんなひとなんだ。
三十代ぐらいか。中背、やや太め。真面目そうな短髪に紺のスーツ。サラリーマンに違いない。
――夜騒いだりして、迷惑かけないようにしなくっちゃ。
最初のコメントを投稿しよう!