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そんなことを思いながらドアを開いた。どんっと足許が揺れた。地震! 身構えた躯が熱く湿っていた。男が躯をぴったりと寄せて、愛華ごと部屋に入ろうとしている。揺れだと思ったのはぶつかられた衝撃だ。
「…………!」
驚きが声を奪う。男は強張った表情で愛華を見据えながら、もういちど太い肩を入れ愛華に体重をかけた。靴底が滑ってドアの内側に躯が崩れる。リン、と鈴。冷たい床から仰ぐ男の影が黒く広がったように見えた、瞬間。
「なにしてんだ! おらぁっ!」
低い声が薙ぎ払うように響いた。次の瞬間、身がふっと軽くなる。小柄な影が後ろから男を引き剥がしていた。廊下に投げられた男は低く呻いたが、すぐに転がるように階段へと駆けていった。だ、だだ、と不規則な靴音が遠ざかる。スニーカーのようなやわらかな足音だった。スーツを着ていたのに――。
「……だいじょうぶだった?」
一転して、高い声が囁いた。床にへたりこんだ愛華が顔をあげると、黒と赤の女が膝に手をつき、こちらを覗きこんでいた。黒に赤メッシュのボブカット。黒地のバンドTシャツに黒のショートパンツ。顔は市松人形のようにあどけないが、唇は堂々と赤い。
空っぽになった頭に女の赤と黒だけがばらばらに入ってくる。
「え、え、いま……い、まの…………」
鈍いのは思考だけではなかった。口もからからになって動きが鈍い。
女は幼い顔をパグのように顰めてみせた。
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