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「いーよ、そんなの。ご近所さん同士、助け合わなきゃ!」
立てるかな、と首を傾げると、女は愛華に手を貸した。小さな手はひんやりとして良い香りがした。ハッカの甘さ。
「あ、警察……呼んだほうがいいんでしょうか」
「そのほうがいーんじゃない? ここ、いちおう防犯カメラもあるから。とっとと捕まればいーんだよ、あんなの」
女は階段室のほうを振りかえった。と、ばんっ、と音が鳴った。
「…………?」
上からだろうか。愛華は天井を仰ぐ。
「あー、ここ、古いから。古いとね、いろいろ」
実家もこんなふうに音が鳴った。家鳴り。建材が収縮したり動いたりしたときの音だという。鉄骨であろうマンションでも鳴るのだと、少し驚く。
手を借りて立ち上がり、間近の女の顔を覗く。愛華も小柄だが、女もかなり小柄だ。
「ええっと」
「あ、私、隣、三〇九号室」
女は顔は目を細めて笑った。愛嬌のあるコケシのような笑顔だった。
「すいません、私、引っ越しの挨拶もしていなくって……」
「いーよいーよ、私も昼間いないしさ。最近、そういう挨拶するひとのほうが少ないでしょ」
女は大きな口を開けて笑い、狭い肩をくんと窄めてみせた。
「今度、今度お礼に伺います」
「やめてー、そういう仰々しいの苦手ー」
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