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「お前、本気か?」
「おう。」
「大学は?」
「行かねぇ。上京してすぐ、芸人の養成所入る。」
見下ろす夜景がいやに鮮明に見えた。ふつふつと湧き上がる得体の知れない感情に、自分の脳みそがどうしたらいいか分からなくて逃避しているのかもしれない。
「何で、そうしようと思った?」
「俺さ、あんま何かに対して真剣に没頭することってないんだよ。でもせっかくの人生だから、俺はそういうことに打ち込む人生を生きてみたい、って思ったんだよ。俺にとってのそれが、お笑いだったって話。」
「別に、大学行ってからだって遅くねぇだろ。」
「今の俺に、大学へ行く理由が無ぇだけの話だよ。」
「芸人として成功する保証なんか、どこにもない。何もそんな大博打をしなくたっていいじゃねぇか。」
「成功するかどうかなんてどうだっていい。俺は芸人として死ぬんだ。大学の4年間に意味なんかあるかよ。」
「お前は俺より勉強だって出来るわけだし、何もそこまで自分の可能性を狭めなくたっていいじゃねぇか。もったいないぞ。」
混沌としていた自分の心が、徐々にはっきりしていくのがイヤでも分かった。俺は、トオルの為を思って説教してる訳じゃないんだ。
「俺はお前がのたれ死んだりしねぇか、心配なんだよ。」
嘘っぱちだ。夢も目標もなくて、ただ無難に生きようとしている、いや、そうすることしか出来ない自分が嫌いなんだ。俺にはやろうと思っても出来ない生き方をしようとしてる、そんなトオルに、俺は嫉妬してるんだ。
「俺たちがやった文化祭とは訳が違う。厳しい世界なんだぞ。」
それでもなお、俺は親友ヅラして説教垂れてるんだ。自分が恥ずかしい。でもここで引き下がったら、俺は自分の今までもこれからも否定してしまうような、そんな気がしたんだ。
「それくらい、俺が覚悟してねぇとでも思ったかよ。」
トオルは怒るでもなく言い放った。その目には、揺るぎそうもない決意が、確かに見えた。
そうだ。その目だ。俺はそうやって、誰に何を言われても自分のやりたいようにやる、そんなお前にずっと憧れてきたんだ。
こいつは変わっちゃいなかった。そして俺も、変われないままでいた。
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