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「今のツッコミ、もうちょい間詰めた方がいいな。」
「オッケー。あ、ちょっと巻き戻して。」
「ん?」
「ここここ。これ、もうちょいセンターマイクに近い位置にいてくれた方がドツきやすいな。」
「うぃ。んじゃ、次ラスト一回通して終わりにするか。……喉乾いたな。」
ボケ・トオル、ツッコミ・俺、コンビ名・未定の二人組は、本番前日のネタ合わせを終えようとしていた。
台本が上がってからというもの、それまでの数ヶ月とはうって変わってひたすら漫才に打ち込む時間が続いた。『てっぺん公園』の電灯をセンターマイクに見立て、夜の町を見下ろしながら、ネタをスマホで動画を撮っては修正していく。期間こそ短いものの、これほど真剣に熱中したことは今までなかったかもしれない。陳腐な言い方をすれば、青春、だろう。
「あ、やべ。金ねぇわ。」
「ジュースくらい奢ってやろうか?」
トオルには、それくらいして当然だと思っていた。ネタを書いてきたのはもちろんだが、ネタ合わせの場でもトオルが俺を導いてくれていた。それでいてこいつは、ツッコミとしての俺を信頼してくれている。それが誇らしくて、嬉しかった。
そして何より、漫才をしている時のトオルはとにかく楽しそうで、輝いていた。
「お前の施しなんか受けるかよ。ぜってぇ返すから貸してくれ。」
「借りるは借りるんだな。」
トオルは俺の100円で体に悪そうなチェリオの炭酸を買い、勢いよく喉に流し込んだ。
「あ、コンビ名。『ヒャッキンズ』とかどう?『100円』と『借金』で、『ヒャッキンズ』。」
テキトーな、ふとした思いつきだ。ただそれを口に出してみたのも、何か意味があったのかもしれない。
トオルは一口でペットボトルの3分の1を飲み込んだ後、俺の方を見ずに言った。
「ダッセェなぁ。けど、そのダサさがいいな。」
お笑いコンビ『ヒャッキンズ』が、結成された瞬間だった。
「大体、貸した側のお前がこんなコンビ名提案してんじゃねぇよ。ちいせぇ男だな。」
「うるせぇ。ちゃんと返せよ。」
「たりめーだろ。」
そして俺たちは本番当日を迎えた。あの日の景色は一生忘れないだろう。センターマイクの前で俺たちは
「おい。何たそがれてんだよ。」
景色が夜の『てっぺん公園』に引き戻された。左腕を見る。時刻はちょうど7時。そして俺を呼び戻した声の主は、高校を卒業したトオルだった。
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