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回転男の正体
一回転ジャンプを目撃した人はいない? 雨音は呆然としながら辺りを見渡したが、誰もが平然としている。
あんなにも簡単に一回転ジャンプできるなんて、よっぽど脚力があるに違いない。太ももだって太いはず。男性なら気にしなくてもいいか。いや、問題は太ももではない。なぜ急に一回転ジャンプした?
雨音は気になって、追いかけた。黒っぽい上着だった。それとも紺か。ジャケットか、トレーナーかもわからない。携帯電話にばかり気を取られていたのは私のほうだった。
もしかしたら回転男は新元号について誰かと語り合いたかったのかもしれない。同じ時間、同じ場所にいても、同じものを見ているとは限らない。同じことを考えているわけでもない。
急いで改札を出ると、黒っぽい上着の男性はあちこちにいた。ひとりひとり「さっき一回転ジャンプしましたよね?」と質問するわけにもいかない。
万が一「しましたよ」と答えられても、その先どうすればいい? 「どうして?」「何となく」「いや、何となくじゃできませんよ」「ダンサーだから」などの展開があったとしても、その先は?
「ダンサーじゃないよ」急に話しかけられて雨音は驚いて振り返った。後ろに立っていたのは、紺のブルゾンを着た回転男だった。
「いつのまに……」
「改札出て待ってたら話しかけてくるかなと思ったのに、すごい勢いでスルーするから」
「ダンサーじゃないって、心の声が読めるんですか」
「声に出てたよ。ダンサーかって」
「じゃあ、何で一回転ジャンプしたんですか」
「いや、何となく」
「やっぱり、そういう展開になるじゃないですか」
「それは意味がわからないけど」
「じゃあ、何者ですか」
「俺? 須永孝晴。須永晴喜の兄。門田夕雨と同じゼミ」
「え?」
「いや、驚くのはこっち。本当にわからない? 家に行ったこともあるのに」
「全然似てない」
「イケメンの弟じゃなくて悪いけど、ちょっと寄ってかない?」
「また心を読んだ」
「だから声に出てるって」
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