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僕
『ザ……ザ……本日……迄に……ザ……』
雑音混じりの声を流していたイヤフォン。
その声をかき消す勢いで、けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。
ニット帽を目深に被り、鼻の上までマフラーで隠し、騒めき始めた群衆に紛れる。
人の隙間に隠れ、注意深く視線を向ける。
地面に這いつくばっている老婆の手から、赤いリードを外そうとしている制服姿の男達がいた。
「ポチは爺様の形見なんです。唯一の家族なんです、どうか御容赦を」
赤いリードの先に繋がれた日本犬は主人を守るかのごとく、唸り吠え続けている。
だが、リードを外された首に鉄でできた鎖が巻きつけられ、顎先にマスクが着けられると。
老婆の懇願の声だけを残し、男達は犬をケージに入れ、黒いバンで去っていった。
「おばあちゃん、かわいそー」
「仕方ないよ。あんな堂々と連れて歩いてたら。【保護局】の奴らにもすぐバレるよ」
「ポスター見てないのかなぁ? どうせなら自分で通報すれば良かったのに」
「あーあ。俺も何か『記念物』を見つけられねーかなー。そうしたら大金ガッポリ入るのにさー」
群衆が散開するのに合わせ、その場を離れる。
老婆の泣き声を、イヤフォンから流れる雑音で消し。
早歩きで、先へ先へと急いだ。
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