北里風太

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北里風太

「なんだ、やるのか?!」  胸元に南原の手が伸びる。足が少し浮く。 「君は中村さんにふさわしくない。」  僕の挑発に彼は激怒した。卑怯な手だということは知っている。しかし、これしかないのだ。僕が勝つためには。  彼は南原太陽。中村さんの幼馴染だ。スポーツが得意で、色々な部活から頼られている。子供のころから外で元気に跳ね回る、所謂わんぱく少年と呼ばれる類の人間だ。  一見するとふさわしくない二人だが、彼は体を張って中村さんを危険から守り、中村さんはそんな彼をいたわる。そんな理想的とも言える二人だ。僕が入り込む余地など、本来はどこにもないのだ。 「二人とも、やめてよ!」  中村さんが顔を真っ赤にしながら叫んでいる。計画通りだ。こうやって地道に彼の印象を悪くしていく。これが僕に残された唯一の対抗手段だ。卑怯な手だということは知っている。しかし、これしかないのだ。僕が勝つためには。  中村さんは、こちらに来て彼の手に触れる。それを見て僕の頬が無意識に痙攣する。なぜ、こんなひどい奴に優しく触れる。なぜ、こんなひどい奴にそんな優しいまなざしを向ける。  せめて、彼にだけはこの動揺を悟られてはいけない。こちらをチラリと見た彼に向けて、努めて涼しげな顔で応える。  彼は舌打ちとともに乱暴に僕を離した。少し乱暴な程度だが、僕に抜かりはない。あえて盛大に床に崩れ落ちる。中村さんが心配して隣に来てくれた。計画通りだ。  しかし、そんな僕の計画はすぐに失敗となる。中村さんは僕の無事を確かめると、すぐに彼に目を向けた。  いつもこうだ。彼女は彼しか見ていない。今回も僕の負けだ。どんな手を使っても、中村さんは僕を見てくれない。 「ごめんね。太陽、本当は優しいんだけど…。」  なぜ、あんなひどい奴の代わりに謝る。なぜ、あいつの話をするときに、君はいつも頬を染める。  彼が優しい人間だということは知っている。この二人が、僕が入り込む余地がないほど理想的な二人だということも知っている。しかし、僕は諦めない。 「僕は中村さんが好きだ。幼馴染の君に負けるつもりはない。」  中学時代、彼に宣戦布告の意味を込めてそう言った。その気持ちは今も変わらない。だから、僕はどんな卑怯な手も使い続ける。これしかないのだ、僕が勝つためには。  昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
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