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たしかにミアの目にも、マスティア王国の人々の営みに、超常的な力を感じたことはない。元の世界と等しく、一瞬で移動したり、空を飛んだり、そんなおとぎ話に出てくるような魔法は、どこにも見当たらなかった。
けれど、シルファの仕事は尽きない。
「ミア」
寝台に潜り込んで泣いていたミアに、シルファの声が聞こえた。続けてコンコンと扉を叩く音がする。ミアが沈黙を守っていると、さらに彼の声が続けた。
「悪かった。私には昨夜の記憶がない。嫌な気持ちにさせたのなら謝る。本当に悪かった」
いつもの人を小馬鹿にするような声音ではない。言葉に偽りはなさそうだった。
シルファが時折みせる素直な態度。
ミアが拗ねたり心を閉ざした時、彼はすぐに追いかけてくれる。ずるいと思うが、憎めない。憎めないどころか、そういうところに惹かれてしまう。
彼のそばで過ごすほど、想いが募っていくのがわかる。
厄介な男に恋をしてしまったと、ミアは自分の趣味を嘆くしかなかった。
潮時だろうと、ミアはむくりと起き上がって、頭から被っていた肌掛けから抜け出た。跡形もなくなるように涙を拭って、そっと寝台をおりる。
気持ちを切り替えるように大きく息をついてから、部屋の扉を開けた。
「――ぜったいに許さない!」
「悪かった」
「じゃあ、事件について昨日の成果を教えてくれたら許す」
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