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未練、と言われると微妙だ。ゼロではないかもしれない。
でも、多分、そこそこ頑張って生き抜いた方だと思うんだ。仕事は一生懸命やったし、社会的責任も充分果たしただろう。
新卒として入社したベンチャー企業は、特有のスピード感で、入社四年目にはまさかの管理職。二十代若手の身分を謳歌することなく、早々に社内で大御所になってしまった。
マンパワーが極振りしている社長のお陰で、会社は今や、世界に名を轟かせる大企業。そんな会社の創成期を支えた一人として、多分、かなり頑張った方なんじゃないんだろうか。
ただ、仕事は定年を迎えずに辞めた。
二つ歳下の恋人と、遅めの結婚をした。老後はきっと、このひとと緩やかな日常を過ごすのだと思っていた。出不精な私以上に引き籠りがちなひとだったから、退職したら、旅行に連れ出してあげよう。引き籠りな割に、綺麗な風景は好きなひとだから。そんな風に思っていた。
けれど、四十四年前、あのひとに先立たれてしまった。
最愛のひとの死の衝撃で、私は日常生活すらままならなくなり、仕事も辞めた。抜け殻ような様だった。今は流石に立ち直ったけれど、あの時に止めてしまったことを、今さら再開しようとは思えない。
「『老後の楽しみ』は無かったんですか?」
思えば、あのひとが死んだときに、そういうことを考えるのも止めてしまったのかもしれない。つくづく、私にはあのひとが生き甲斐だったのだなぁと思い知る。
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