episode 5. 幸せのその先に

12/33
6872人が本棚に入れています
本棚に追加
/284ページ
「……誘ってんの?」 「ん……? その前に、お風呂とご飯ね」 「どっちもあとでいいんだけど」 ブラウスのボタンに手を掛けると、 「こら、ストップ!」 ペチンと手の甲を叩かれる。 その口調が子供をたしなめる母親みたいで、俺は思わず吹き出してしまった。 もしも……俺達に子供ができたとしたら、美沙緒はこんな風に注意したりするんだろうか。 そんなことを考えてる自分に、少し驚く。 「もー、ダメだよ、夜中に食べたら太っちゃう」 「お前はちょっとくらい太った方がいいだろ」 「いやそんなことな……っ!」 抗議しようとする美沙緒の手を制して、俺はもう一度その唇を奪った。 初めてキスを交わした日から。 俺達はもう数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほど幾度となくキスを重ねている。 触れ合えば、当たり前のように舌を絡めて、深く、長く、離れるのも惜しいくらいに何度も。 「ん……」 喉の奥で小さく喘ぐ美沙緒のくぐもった声。 その甘い吐息さえも、全部丸ごと俺のもの。 「……なぁ、名前言って」 「ん?」 「自分の名前。フルネームで」 「えぇ……? “小野寺 美沙緒”」 ただ、言わせたかっただけ。 ガキっぽいってわかってるけど、二人きりのときだけは…………なぁ、いいだろ? 「良くできました」 「んんっ……」 今にも蕩けそうなその潤んだ瞳に見上げられたら、俺は“超人”でも“敏腕”でもなんでもない―― お前に惚れてる、ただの一人の“男”なんだ。
/284ページ

最初のコメントを投稿しよう!