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仁科さんからは、“返事は今すぐじゃなくて少し考えてみてほしい“、と言われた。
あまりにまっすぐに告白されて、私はその場で何も返すことができなかった。
車が角を曲がって完全に見えなくなり、ようやく詰めていた息を全て吐き出す。
頭の中でいろんな感情が渦巻いて、もう訳がわからなくなってしまった。
ふらふらと階段を上り、三階の外通路に足を踏み入れた。……その先で。
「え……」
目の前に飛び込んできた思いもよらない光景に、私は息を呑んだ。
私の部屋の前に――誰かいる。
ドアに背をもたれるようにして、頭を垂れた状態で誰かが座り込んでいる。
誰かって、そんなの、見た瞬間にわかってはいるけど、でも。だって。まさか。
「っ、鳥飼……!」
私は夜遅い時間だということも忘れ、ヒールの踵をならしながら駆け寄った。
着崩れたYシャツ。しっとりと濡れた髪。肩を揺すると「う……」と小さな唸り声が漏れる。
その身体が大きく傾いて、そのまま地面に潰れるようにぐしゃりと倒れた。
「ちょ……っ、や、鳥飼! どうしたの、ねぇ……っ」
脱力した上半身を、渾身の力を込めて引っ張り起こす。
鳥飼は閉じていた瞼をうっすらと開けて、焦点の合わない瞳をゆらゆらとさまよわせた。
「さ……の、さ」
「え……、なんか、熱くない……? 顔が赤」
赤い、と言おうとした瞬間。
正面から、思いきり抱きつかれた。
心臓がどくんと跳ねあがる。
「佐野さ……っ、待って、行かな……で、おねが、おれ…………」
私の首筋に鳥飼の力ない吐息がかかる。
思わず全身が震えた。息……ものすごく熱い……。
鳥飼は私にぐったりと身体を預けたまま、意識を失ってしまった。
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