episode 5. 幸せのその先に

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―――――― 身支度を終え、最後にもう一度キュッとネクタイの結び目を整えた。 新郎控え室(グルームルーム)の大きな姿見には、いつものスーツより格段に背筋が伸びる、タキシード姿の自分が映る。 鏡に反射して、ワイシャツの手首が小さく光った。 正月に会ったとき美沙緒の親父さんからプレゼントされた、濃紺色のカフスボタンだ。 俺が「結婚式で着けます」と言ったら、「そういうつもりじゃなかったんだが、いや、参ったな……」そう言って、照れくさそうに笑った顔を、ふと思い出した。 「前髪を下ろされてる小野寺さん、やっぱり新鮮ですね!」 声の主は、馴染みのヘアメイクスタッフ。 鏡台を片付ける手を止め、後ろから姿見越しに覗き込んでくる。 俺はその言葉につられて、額にかかるようにセットされた前髪の毛先に指で触れた。 「そうか? 若く見える?」 「あははっ! 見えます見えます! っていうより、どんな髪型も似合っちゃうからさすがです。去年の模擬挙式のときは、アップにしたんでしたっけ?」 「あーそうそう。俺、基本家以外では上げてんだけど。は、こっちのが好きなんだって」 いつだったか。美沙緒がそう言ってた。 “……好きなんです、私。前髪下ろしてる小野寺さん” 確かまだ、美沙緒が他県の新館に転勤する前のことだ。 だからってわけじゃないけど……まぁ、何となく。 こんな些細な会話のうちの一言、美沙緒はとっくに忘れてるかもしれないけどな。
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