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「松本さん、お待ちしていました」
店の奥に100本の薔薇の花束が用意され、その横に無表情の蒼井水希が立っていた。
予想通り、閉店間際のため他に客はいない。加速する鼓動を無理やり抑え、ゆっくりと口を開く。
「無理を言って急がせてしまい、申し訳御座いません」
「そんな事無いですよ」
そう言って、少しだけ笑顔を見せてくれた。滅多に見せない微笑んだ表情が、たとえ営業スマイルだったとしても天使のように感じる。
今すぐ告白したい。でも、焦って失敗する訳にはいかない。先ずは花言葉の会話から始めて、そこからプロポーズへ繋げるべきだ。
「水希さんは、薔薇の花言葉を知っていますか?」
「勿論、知ってます。呪いと復讐ですよね」
「えっ?」
聞き間違いだろうか? 呪いと復讐って聞こえたような……
「ふふっ、冗談です」
冗談だった。
私は安堵のため息を吐く。
思い返してみれば『呪い・復讐』はクロユリの花言葉だったはず。彼女はブラックジョークを言ったに過ぎない。こんなことで動揺していては、告白なんて無理だろう。
気を引き締め、爽やかに切り返した。
「驚きましたよ。水希さんも冗談を言うのですね。それとも、本当に知らないとか?」
「馬鹿にしないでください。薔薇の花言葉が悪意だってことくらい、誰でも知ってます」
「……悪意?」
また怖い花言葉が出てきた。
記憶が確かなら『悪意』はロベリアの花言葉だったはず。冗談を重ねてきたのだろうか?
「違いました? ああ、そうだ。薔薇の花言葉は、触れないで……でしたよね?」
『触れないで』はアザミの花言葉。遠回しに、プロポーズを拒否されている? しかし、私はまだ何も言っていない。
「これも違います?」
「えっと……薔薇の花言葉は意味もたくさんあって……」
「たくさん意味がある? ああ、分かりました。嫉妬・絶望・悲嘆ですね。嫉妬して絶望し、そして悲しみ嘆く」
それは、マリーゴールドの花言葉だ。
『呪い』『復讐』『悪意』『触れないで』『嫉妬』『絶望』『悲嘆』。もう、これ以上の危ない花言葉は出てこないだろう。出てこないと信じさせてくれ。
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