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今から六年前の春を思い出す時、いつだって脳裏に浮かぶのは不思議な青い色だった。
その青は光の当たり方によって深い濃紺にも淡い水色にも見え、どっちつかずの曖昧な色彩を放っていた。
しかし、その色彩はぼんやりと常に変化しながらも必ずピタリと一つに落ち着いており、見るものを虜にする不思議な魅力もあった。
そんな青を持つ唯一の女性が、このアレスタ王国の第二王女であるフレージアの姉であった。
フレージアは姉を想いながら窓の枠に手をつき夜空を見上げる。
彼女の部屋は城の奥深くにある離宮の一角にありながら、美しい草花の庭園に囲まれていた。
白く長い絹のような髪を夜風になぶらせながら空高くに鎮座する下弦の月を眺めるその眼は、見るものがいれば暗い陰りが見え隠れしていることに気づくだろう。
この離宮は今は綺麗に整えられているが、かつては草木がそのまま乱雑に伸びきっており、灰色の分厚い石の壁で作られたこの場所を城の人間たちは『廃宮』と呼んでいた。
フレージアは十歳の頃からこの廃宮で暮らしている。そして、公式の行事や王や兄弟達に呼ばれることがない限り、彼女はここから出ることはない。
かつてはそれで もいいと思っていた。この小さな箱庭で一生を終えることもまた運命と諦めていた。しかし、それを許さない人間もいた。
その人は毎日のように美しい花を届けてくれる。珍しい本を届けてくれる。外の世界の話をしてくれる。
彼は、諦めていたフレージアにいつか共にこの箱庭から出ようと誓ってくれた。
そして、共に自分達の世界を変えようと誓ってくれた。
そして……
フレージアの背後にある扉を隔てた廊下の向こう、そこからコツコツと足音が近づいてくる。
数回のノックの後、分厚い灰色の扉が開く嫌な軋みの音が耳を打った。
足音の持ち主が、軽やかな動作で室内に足を踏み入れる。
同時にむせ返る程の百合の花の芳香が室内を充満した。
この部屋に許可なく入れる者など一人しかいない。その人物は王でも王妃でもましてや兄弟の王子や王女でもない。ただ一人、フレージアの護衛をしている男だけ。
「フレージア様……」
低く美しい声がフレージアの名前を呼んだ。
フレージアは返事の代わりにゆっくりと首を巡らせ、男を見つめる。
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