Rose

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 もしかして、これが“好きになる”ということだろうか? だとすれば、これは所謂(いわゆる)“一目惚れ”というやつだろうか? 僕はそんなことを考えながら、代金を払い、店を出る。自宅までの道中、ずっと彼女の顔が脳裏を(よぎ)り、最後にかけられた「ありがとうございました」という言葉が、耳の奥の方で木霊し続けた。  自宅に戻り夕食を済ませた僕はアルバイトに出かけた。僕のアルバイトは、菅野(すがの)寛子(ひろこ)という高校二年生の女子の家庭教師だ。寛子の家は、僕の自宅から百メートル程の所にあるマンションだから近くて助かっている。  僕はいつものように机の隣に用意された椅子に腰を下ろし、寛子が問題を解く様子を眺める。今やっている単元は複素数だ。寛子はまだ虚数を用いた複素数の概念に慣れていないようで、悪戦苦闘している。 「ねえ、先生ってば!!」  突然大きな声で呼ばれた僕は、驚いて椅子から落ちそうになる。 「突然どうしたの?」 「突然じゃないよ。さっきから何回も呼んでるのに」 「えっ!? 本当に?」  僕の問いに、寛子は黙って頷く。だけど、僕は寛子の声など一つも聞こえていなかった。何故だろうと考えるけれど、答えはわからない。 「ねえ、この問題なんだけどさ、どうやったらいいの?」  寛子が問題をペンの先で指しながら言った。 「この問題は、極形式に変形して、ド・モアブルの定理を使えばすぐに解けるよ」  僕はノートに数式を並べてみせる。隣で寛子はその数式を眺めながら、「ふうん」と呟く。  問題を解き終えてから、     
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