第三章

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「あの、」 帰ろうと靴を履き替えていると声が掛かる。 「ちょっと、いいですか?凪野さん」 奈緒は自分が呼ばれていたことにようやく気付く。 「あたし?」 女の子は頷く。 ああ、確かこの子ー、 記憶が動いた。 歩生と話していた一年生だ。 「突然すみません。その、歩生先輩とは、付き合ってるんですか?」 唐突に出た言葉に息が詰まる。 「...付き合ってないよ。歩生とは、ただの幼馴染みだからー、」 奈緒の言葉に、途端表情を明るくしたその子は、可愛らしい笑顔で奈緒を見て、それから口を開く。 「やっぱり...良かった!歩生先輩も言ってました。」 クスリと笑顔を漏らし、言葉を繋ぐ。 「凪野さんのこと、何とも思ってないって、」 何とも、思ってない。 胸の奥に突き刺さる言葉だった。 「...用はそれだけ?」 「はい!もう充分です!」 クスクスと笑みを浮かべながら、その子は奈緒に背を向けた。 取り残された奈緒も、その場から背を向け学校を飛び出した。 けれどこの後、 奈緒は考えていたことさえも叶わないことを知る。 「..おかえりなさい奈緒ちゃん」 遠くから見た自宅に違和感があったのは気づいていた。 そして何より、鍵が開いていて、 想像したことが現実になった瞬間だった。 玄関先に佇む博子に、奈緒は立ち竦み視線を起こした。 奈緒の感じた違和感は、干していないはずの洗濯物。 ベランダで風に揺れていて、それを思い出すと、胸の奥が焼け付くような怒りが押し寄せた。 「何してるの、」 背を向け靴を脱ぐ。 「お父さんから聞いてない?今日からここで暮らすことに、」 振り返って数秒睨む。 「ふざけてんの?」 凪野さんのこと、何とも思ってないって。 言葉が頭の中を交錯する。 どうかしていた。 気が立っていたのは事実だった。 それでも滅多に怒らない奈緒が、立ち上がり彼女の前、言葉にした。
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