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「帰りみんなでカラオケ行くんだけど奈緒も行かない?」
教科書を詰め込む私の目の前、クラスメイトの亜美が顔を覗かせた。
「今日はちょっと行かなきゃいけないところがあって。また今度ね!」
微笑んで手を振ると、亜美は少し残念そうに手を振り返した。
鞄を抱え、教室を飛び出した。
黄色のタートルネックと、赤いスカートは、お母さんのお気に入りだったのだろうか。
私は今年17になったけど、お母さんは、ずっと変わらず若いままの姿。
逢いたいと願ったのは事実だけど、そんな夢みたいなことが、現実に起きるとは思いもしなかった。
だけどー、
玄関で靴を脱いでいると、母は笑顔で階段を下りて来る。
そんな母の後ろ姿に、
奈緒は「ただいま」と、声を掛ける。
いつものことだ。
返事はしてくれないし、まるで私を気にする様子もない。
奈緒は急いで着替えを済ませると、また階下に下りた。
「出掛けてくるね。」
そう、遺影の母に手を合わせた。
「何で、写真のお母さんはそんなに怖い顔してるの?」
奈緒は少し笑うと、小さく振り返る。
私が小さい頃、落書きしてしまったあのテーブルの裏側を、母は今日も一生懸命拭いている。
「ごめんね、お母さん」
クレヨンで書いたその絵は、テーブルの裏の木目に入り込んで、恐らくは消えない。
「お母さんがね、入院してた時に、早く家に帰って来れるようにって、そう思って家とお母さんを書いたんだよね、」
奈緒は立ち上がると、そう言葉を繋げる。
「あのお母さんと、遺影のお母さんは、何だか別人だね、」
そう笑って呟いて、それから静かに家を出た。
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