第五章

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「頭を強く打ったみたい。先生が...覚悟しておいてくださいって...」 後ろでおばさんの声を聞きながら、歩生をじっと見つめた。 「車に飛び出した女の子を助けたって、」 奈緒は勢いよく振り返った。 「歩生らしいけど...」 おばさんは声を詰まらせた。 女の子と聞いた瞬間、 頭に浮かぶ、屋上から見た歩生と比内さんの帰って行く姿。 「おばさん、今、ここに来てるのは?」 「奈緒ちゃんと私だけよ、もうすぐお父さんが来るけどー、どうして?」 あの影は、見間違いじゃない。 あれはー、 「...まさかお母さん...」 呟くと同時に視界を横切る影。 奈緒は慌ててそこを振り返る。 何だろう...この感覚。 突然襲う不安に、奈緒は一瞬考える。 「...何で...」 小さく呟いて、もう一度視線を起こす。 さっきの影がお母さんだとしたら... 何を伝えに来たの? いつも家にいる母を思い出し、奈緒は不自然さを覚えた。この十数年、母を自宅以外で見た事などなかった。 弾かれたように我に返った奈緒。 そして、歩生の手を握る。 「歩生、大丈夫だよ。すぐ戻るから、ゆっくり休んでて。どこにも行かないでよ?」 ぎゅっと握り締めた手に温かさを感じた。 それは、歩生が生きている証だった。 「奈緒ちゃん、」 「おばさん。すぐ戻るから、歩生についてあげてて...どうしても、確認しなきゃいけないことがあるの...」 奈緒は、呼び止めるおばさんの声を後ろで聞きながらー、 病院を飛び出した。 母が伝えたいことが見つからないまま、また大事な人を失うかもしれないと、 本当は、その不安に崩れ落ちてしまいそうだった。 「まさかお母さん...歩生を連れて行かないよね?」 奈緒は走る速度を上げた。
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