第一章

5/8
40人が本棚に入れています
本棚に追加
/103ページ
「同じ花じゃないほうがおばさん良かったかな、」 歩生は困ったような顔で花を見つめる。 菖蒲の花を眺める歩生を見て、ふと思い出す。 お葬式で、お母さんから離れられず泣く私の前。 歩生は涙を堪えて唇を噛み締め、菖蒲の花を手に棺の中のお母さんに言った。 「なおをまもるから!」 思い出して、思わずふっと笑う。 「何が可笑しいんだよ、だいたい奈緒が先に帰るからー、」 「いいよ。」 私は手を合わせながら言葉にする。 「お母さんが一番好きな花だから、その菖蒲は、家に持って帰っていい?」 その言葉に頷いた歩生も、隣で静かに手を合わせた。 「そうだな、おばさんの遺影の前に飾ったら、喜んでくれるだろうな」 片目を開けてこっちを見て、納得したように頷いた。 「それにしても、来てくれると思わなかったな」 帰り道、自分より背の高い歩生を見上げる。 「なんだよそれ、一度も欠かしたことねぇじゃん」 確かにー、 そう、笑みを落とす。 「で?今日何で誘わなかったんだよ、」 教室まで行ったんだぞ、 そう、腕を伸ばして手の中のバケツを奪われた。 「別に、誘わなかったわけじゃないよ、」 気まずく視線を落とした 。誘わなかったと言うか、誘えなかったんだよ。 そのくらい気付け、 そう、心で悪態をついた。 「いや、誘わなかったな、」 「...ちょっ、と、」 頭をくしゃりと撫でられ、咄嗟に顔を起こした。 「おまえさ、」 突然視線を合わす歩生に、反射的に身体を離した。 「...なによ、」 「見たんだろ?」 胸の奥にチクリと痛みが刺す。 「...な、何を?」 薄っぺらな眼差しを向けた歩生に、知らない振りをした自分が映る。
/103ページ

最初のコメントを投稿しよう!