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「靴箱で見たんだろ?一緒に帰りましょ!歩生先輩!っての、」
少し可愛く言った歩生に腹を立てた奈緒がさきさきと歩き始めた。
「バカじゃないの、知らないそんなこと。」
追い掛けた歩生が先回りして目の前に立った。
「俺があれを断った理由は二つある、」
無言で見上げると、歩生は得意気に口角を上げた。
「一つ、俺は何とも想ってない女とは一緒に帰らない」
じっと見つめた奈緒は言葉の続きを待つ。
「二つ、おばさんの誕生日と天秤に掛けれるほどの重さはこの世に存在しない、」
全く、そんなことを素で言えるって、どんな神経なんだか。
溜息混じりに笑顔を漏らす奈緒に、歩生は一瞬真面目に、その表情を向ける。
「だから、おまえが気を遣ったのは無駄な時間だったわけだな、」
「あたし、その場面見たとは言ってないよ、」
「何年一緒に居ると思ってんだ?奈緒が考えることくらいすぐわかんだよ、」
そう、歩生はケラケラと笑い始めた。
「...それなら、」
私が今悩んでることが、わかる?
家に帰ったら、またお母さんがいつものようにテーブルを拭いてること、ニコニコして階段を下りるお母さんがいることを、当たり前じゃないと思い始めたこと。
ずっと、歩生に打ち明けるか、
ずっと、歩生に相談するか、
言って信じてもらえるか、そんなこと、ずっと考えて悩んで、
だけど言えなくて。
「奈緒?」
呼ばれて、我に返る。
「どうした?」
慌てて首を振った。
「何でもないよ。帰ろー、歩生」
やっぱり言えるわけない。
そう、唇を噛み締めた。
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