第一章

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「歩生、今日はありがと」 自宅前で、歩生に手を振った。 「お礼言うなら、次から誘わねぇのなしな」 歩生も奈緒に手を振り返した。 「根に持つねぇ、」 クスクスと笑った奈緒は、すっかり暗くなった夜空に一息つくと、玄関の扉を開けた。 「...?」 奥から、賑やかな笑い声が聴こえた。 「お客さんが来てるのかな、」 思わず、玄関先の見慣れない靴に気付き、奈緒はリビングへ向かった。 「お、奈緒。遅かったな」 お酒が入っているのか、少し陽気な父が手招きしながらそう言った。 隣に座る知らない女の人に会釈をする。 「はじめまして、岡部博子と言います。」 笑顔でお辞儀した女の人。 「...はじめまして、奈緒です。」 社交辞令のような挨拶を交わし、奈緒はリビングの戸棚へ向かう。 花瓶を出して、歩生から貰った菖蒲の花を生けた。 「あら、綺麗な菖蒲ね、」 そう、花に手を触れようとした瞬間、奈緒は嫌悪感で花瓶を遠ざけた。 一瞬流れた不穏な空気を察した父が慌てて間に入る。 「博子さんは父さんと同じ会社で事務をしてるんだ、」 奈緒は言葉を返さず、目の前の和室へ入った。 遺影の前に菖蒲を飾ると、手を合わせる。 「奈緒、せっかくの夕飯が冷める。早く席につきなさい」 奈緒は仕方ない面持ちでテーブルに向かった。 「奈緒ちゃん、今高校二年だって聞いたけど、何か将来のことを決めてるの?」 食事が始まってすぐ、博子は奈緒との距離間を埋めようと話し始めた。 「特に..」 奈緒は俯いた。 「ごめんな、愛想がない子で...」 「...大丈夫よ。今日は初めて会うから仕方ないわ」 二人のやり取りにムッとした奈緒はお箸を置く。 「ご馳走さま」 視線を落として席を立つ。 「待ちなさい奈緒、話がある」 立ち上がった奈緒を引き止めた父が、もう一度座るように促した。 仕方なく席に戻ると、真っ直ぐ二人を見る。 「実は、父さんは博子さんとお付き合いをしてる」 「...そう、」 間髪入れずに返事を返す。 「賛成してくれるのか?」 「付き合うのは自由だと思うよ」 じゃあ、と、席を立った。 博子に軽く会釈をし、奈緒はリビングを飛び出すも、追い掛けて来た父に腕を捕られる。
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