漬物日和

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 母親は、自分の顔を見て。あたりまえのように、そう言うのだった。  数年間も所在不明だった、一人息子にかける言葉ではない。  驚いているようにも、まったく見えない。まして怒気などカケラもうかがえない。  自然体。  そうとしか言えない態度だ。  質問責め。騒動。恨みごと。そういったものをも予想していた自分が拍子抜けするほど。  『あの頃』の異常さは、まったくうかがえない。 (ひょっとしてーー治ったのか。この数年で、ふつうに戻ったのか)  いや。そんなはずはない。  こうやって自然体に話すことこそがーーつまり異常の何よりの証明。そうではないか? 「ああ、ただいま」  自分はそう言って、食堂に置かれた不必要に大きなテーブル。その椅子の一つに(こちらは自然体を装って、だが)腰をおろした。  死んだ父親が購入した代物だ。  家族団らんの象徴ーーだったんだろうな。実際は、そんな団らんはほとんど夢物語だったんだが。 「食事、まだだろう〇〇。ちょっと待っておくれよ。こいつを片づけておかなくちゃいけないからね」  母親はテーブルに置かれた新聞紙の包みを、がさがさと開けているところだった。  傍らには、まな板と包丁も置かれている・・・。 「お隣さんからね。大きな白菜やら何やらを頂いてねえ。このところ寒いだろう。こんな漬物日和のうちに、漬けておきたいと思ってねえ」  お隣。  自分が家を出る時には、空家だった方だろうか。もう一軒とはつきあいが全くなかったはずだ。  そう言えば、家に入る時。隣の家に明かりがついていたようだ。  それに。今も聞こえる犬の吠え声。あれは、ひょっとしてそのーー隣の犬なのか。びょうびょうと、妙にカンにさわる・・・。 「このところ、色々もらうんだよ。  ありがたいねえ。  野菜も高いからねえ。  ああ、私は動いているからあまりそう思わないけれど。寒いんなら暖房を入れておくれ。〇〇。こんな漬物日和だからねえ・・・」
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