漬物日和

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 漬物日和。  こちらもひさしぶりだ。  昔から母親はよくこの言い方を好んで使った。そういう単語があるかどうか自分は知らない。母親が自分でつくったのかもしれない。  まあ、そんなことはどうでもいいことだ。  自分には、もっと重要なーーそして、さっさと終わらせたい要件があるのだから。  母親が言うように、食堂は寒かった。ちょっと信じられないくらい寒かった。  だがーーまあ、いい。厚着で外から入ってきたばかりの自分に耐えられないほどじゃあない・・・。 「母さん。漬物もいいけれど。ちょっと話があるんだ。時間はとらせない。こっちの仕事に関係する大事なことなんだけど」 「せっかちだねえ。したごしらえが終わるまで待っておくれよ。美味しい漬物をつくるんだから」  自分は、相手に聞こえない程度の舌打ちをする。  しかたがない。言いあいにでもなって、不必要なことでも思い出されたらコトだ。確かに大きな包みだがーー白菜の一つや二つ、そう時間はかからないだろう。  それに。用事がすめば。  まあ事実上、母親は文字通り、『住むところにも困る』ことになる。  ん? 罪悪感?   そりゃあ、あるとも。  この世で二人きりのーー家族だからな。  だが、自分には優先順位ってやつがある。  なあに。かわいそうな老人に優しい社会だ。超高齢化。それとも超々高齢化だったか。  行政かボランティアか知らないがーーあとは何とでもしてくれる。膨大な税金をーー他の老人にしているように湯水みたいに使って。  そういう社会にしたのは自分じゃない。望んでもいなかった。  自分が望むのはーーまず何よりも自分自身の福祉だ。  が、まあ、最後に親孝行のまねごとだけはしておくとしよう。  何、一銭もかかりゃしない。数十分程度待つくらい。  置かれた包丁が、電灯を反射してぎらぎら光っている。  そういえば、こいつも母親の個性の一つだった。  実家から持ってきたとかでーー何とかという銘の入ったヤツだ。  自分は関心のないことは知らないがーー業物と言うんだろうか。元はもっと長くて、分厚くて・・・。
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