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『息が臭いです』なんてあの恐ろしい魔王に向かって言えるわけない。
そもそも自分でも気づかないのだろうか、あの強烈な口臭を。
自分の匂いは自分では気づかないという。もしかしたら魔王も気づいていないのかもしれない。
今日中に仕上げなければならない書類があるため、この後も社内に缶詰め状態になる予定。
という事は、魔王からの攻撃を受け続けなければならない――。
そんな絶望世界が志賀の脳裏に去来。
がっくりと肩を落とし、再び嘆息を漏らす。ふと、指に挟んだタバコへ視線が止まった。
一日五本以上吸う、愛煙家である志賀。
催眠術に掛かったように、ゆらゆらと揺らめくタバコの煙を見つめていると、朝起きてから夜寝るときまでタバコを吸う一日の行動が想起される。
そこで彼は気づいた。
――あれ、もしかして俺も臭いと思われている?
タバコを吸った後、ガムを噛むなどの口臭対策をしてこなかった志賀。
思えば得意先に挨拶まわりへ行ったとき、受付の女の子が一瞬顔をしかめたことがあった。
アパートの大家へ鍵を借りに行ったとき、これ以上近づかないでといったような若干距離を保たれた状態で鍵を渡された。
俺が席にいると、心なしか隣の魔王から殺気を感じる……。
まさか――そう思い当たる節に気づき、志賀の背筋は冷たくなった。
自分の匂いは自分では気づかない、つまり真の魔王は己の中にいた。
真実を知り、愕然とする志賀。急いで携帯灰皿を取り出し、タバコの火を消して仕舞いこむ。
「人の振り見て我が振り直せ、か」
そんなことわざが志賀の口から自然とこぼれ落ちる。
魔王のように毒ガスを撒き散らさないよう気を付けよう。
そう心に留め、ガムを買おうと志賀は近くのコンビニへと駆け込んだ――。
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